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雑記帳

ピアノひみつ道具③きょうのれんしゅうノート

2018-10-13

ピアノひみつ道具③きょうのれんしゅうノート


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ピアノ練習の量と質の向上をめざして
「きょうの れんしゅうノート」 を作りました。

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これまで小学生以下の子供さんのレッスンでは、
市販のレッスンノートに練習してほしいことを
書いてお渡ししていました。
でも、頑張って書いても家ではまったく見返して
もらえなかったり、私もすべて細かくは書ききれ
ないので、楽譜に書き込む以外には口頭で伝えて
終えるようになったり、お互いに活用しきれて
いないモヤモヤがありました。

そもそも小さなお子さんたちは、家で練習しなさい
と言われても、何を練習すれば良いのかはっきり
わからないようなのです。
私が伝えきれていないのも多分にあるのですが、
1週間の間に忘れ去られることも多くあります。
特にこの年代の方がコンクールを受けるなど、
曲の高める仕上げの段階でいかに質の良い練習を
するかは、お子さん本人のモチベーションはもち
ろんですが、結局のところそれに勝るくらい、
親御さんのサポートがどれだけ大きいか、という
面もあるように思われます。

でも、小学校で出される宿題は、ドリルやプリント
のようなものであれば、それを1年生でもほぼ自分
一人でやり遂げることができます。
多少難しくても、量が多くても、ドリルやプリント
などは、やるべきことが見やすくはっきりしている
ので、自分でやれるのだろうと思います。
ピアノの練習も、お子さんがなるべく自分一人で
理解しながら練習できることが理想です。
そして、難しいこともなるべくはっきりとわかる形で
まためげずに何度も繰り返して練習できるよう、
願いを込めて、このノートを作りました。

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■このノートのねがい
・ピアノの練習が自分一人でもできるように
・もっと素敵に弾ける方法を忘れてしまわないように
・たくさん練習した記録を残しておけるように

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■使い方
・まず、曲のどこからどこまでを練習するか決めます
・今できていないところや、もっと上手になりたい
 ことを書きます
・そのための練習のしかたを書きます
(その1とその2 があります。その1ができてきたら
  その2に進みます)
・書いたことに気をつけながら1回弾いて、できて
 いたら1回目のところに◯をつけます
 できなかったら、×をつけます
・10回繰り返したら、◯と×の数を数えて書きます
 ◯が多くなったら、勝ちということにします
 勝ちが多くなるようにがんばりましょう

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■ノートの効果
・どこからどこまで、と決めることで、部分練習に
 取り組みやすくなります
 *なんとなく最初から最後まで適当に弾いて練習を
  終える、という状態が改善します

・自分のできていないところが何なのかを自覚できます
 *レッスンで指摘された音の間違いがずっと直らない、
  などという状態が改善します

・できるようになるために、どんな練習をすればいいか
 がわかります
 *レッスンで先生と練習したら上手に弾けたのに、
  なぜかやり方を忘れて元どおりになるのを改善します

・◯と×を記録することで、集中して練習できます
 *◯か×は、自分で判断してつけられるようにします。
  まず自分で弾いた音を評価しようとすることが大事
  です。
  わからないお子さんには、気にせずわかるまでもう
  一回弾き、考えさせます。親御さんはヒントを与えて
  くださる程度が良いと思います。次第に×をつけたく
  ないという心理が働き、ゲーム感覚で集中できます
 *一度◯にできても、気を抜くと簡単に×になります。
  一度できただけでは定着しないことを自覚し、10回
  弾いて◯の数が多かったら、勝ちということにします。
  特に男の子は◯が多い=勝ち に達成感を得られるようです
 *練習するものの全然うまくいかず、かといって、×を
  つけたくなくて、◯になるまで何も書かないまま時間が
  過ぎて行くことがあります。でもうまくいかないことも
  練習であり、何度も挑戦したのだから、もし全部が×に
  なっても大丈夫、練習の記録として、残しておいてほしい
  とお話しています

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1かいひいて‥
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マル‥にしとく‥


■補足
・毎回のレッスンで私が記入しますが、ご家庭でも自由に
 お母さんや自分で思いついたら書いて、どのような形でも
 活用しています。

・このノートが合う方も合わない方もおられるかと思います。
 また、中学生以上にもなると◯や×をつけるまでもないと
 思いますが、できないところをできるようにし、その成功率
 をあげるという練習方法は同じです。
 すべきことを整理し、見える化する目的で、メモがわりに
 使用する方法もあります。

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100回れんしゅうもあります


ーー

表紙はうちの教室看板をモチーフに、例によって夫が
4色で作ってくれました。何かの小説の装丁のような
雰囲気のあるデザインで、私もかなり気に入りました。

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このノートを作る前は、何枚かのプリントをホチキス
留めして作っていましたが、1週間すると紙がしなびて
ぼろぼろになり、私でも書き込む気持ちが失せました。
今回きちんと印刷会社さんに作っていただいたノートは
下敷きなしで鉛筆書きしてもあまり裏写りせず、練習の
記録を残し続ける目的にも適うかなと思いました。
たとえば学校の宿題でいうところの漢字の書き取りに、
プリントでなく漢字練習帳を使っていく感覚です。
また今後、年齢に応じたマイナーチェンジなどもして
いきたいです。

ついでにオンライン販売用サイトも作ってもらいました。
https://horiepiano.thebase.in/
1冊480円で販売しております。
もしご興味がございましたらお気軽にお問い合わせください。



ピアノ300年の歴史のふりかえり

2018 -6-20

ピアノ300年の歴史のふりかえり


今年は「ピアノ300年の歴史」というテーマを
自分に課しました。
1月発表会「おひきぞめ」での「べんきょうかい」
にて概要の提示、
6月弾き合い会「ぴあのわ」での「ピアノたんけん」
にて実践に至り、今は検証の時間です。

1月28日発表会「おひきぞめ」@クロスランドおやべ
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発表会後半「おひきぞめべんきょうかい」では
ウラディーミル・アシュケナージのサイン入り
スタインウェイピアノを背に
「ピアノせいちょうものがたり〜ピアノ300年の
歴史」についてまとめました。
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その1 ピアノがうまれるまで(バロック)
その2 ピアノはうまれてはばたいた(古典/ロマン)
その3 ピアノはどこまでいけるのか(現代)

おひきぞめ2018 ダイジェスト動画 https://youtu.be/Y5oxIS2iTDU
おひきぞめべんきょうかい その1 ピアノがうまれるまで https://youtu.be/ZrznPCrNtw4


6月3日 弾き合い会「ぴあのわ」@竹田楽器
第5回ぴあのわ番外編
こどもぴあのわ遠足ツアー 
 〜むかしのピアノをみにいこう〜
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「ピアノたんけん」の時間には、竹田楽器さんの
御厚意に甘え、今演奏したばかりのホールのピアノを
解体して調律、整音を体験したり
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ひとりひとりにハンマーをもらって、整音のお手本をみています

竹田楽器さんに展示されている大変貴重な鍵盤楽器、
チェンバロにクラヴィコード、フォルテピアノ、
1本ペダルや5本ペダルのピアノに実際に触れさせて
いただき、
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モーツアルトゆかりのフォルテピアノは、ダンパーペダルが膝の上にあります

鍵盤の軽さや重さ、音の硬さや柔らかさ、ひびきの
ひろがりかた、なくなりかたをみんなで確認する
ことができました。
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ピースのかわりに、えーんと泣いています

なぜ、今のピアノがこのようなかたちで、このような
音色になったのか。
300年かけて、ピアノはどうなりたがっているのか。
今年の上半期をかけて自分に課したテーマでしたが、
検証し振り返って思うことが、既に1月のおひきぞめ
プログラムノートに書かれていたことをふと思い出し、
愕然としました。

これは私が書いたものではなく、夫が書いたものですが、
原稿ができてきて初めてこの文章を読んだときには、
本気で泣いたものです。
数ヶ月、ちょっと忘れていました。

半年かけて考えてきたことは、すでにはじめから答えが
出ていました。 しかもこれが書かれたのは今年にさえ
入ってなかったし‥

‥釈然としないながらも、ひとまずこの結論に自分の
実感をもってたどり着くことができ、まわりの皆様にも
夫にも、感謝でいっぱいです。

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【1月28日「おひきぞめ」プログラムノートより
 その3 近現代 ピアノはどこまでいけるのか 】

現代のピアノの基本はブロードウッドの時代に完成されましたが、それ以降も、より良い音を、より良い音楽を求めて、たくさんの人たちがピアノの改良に携わってきました。
今日、このホールでみなさんが弾くピアノは、スタインウェイというピアノです。1853 年にアメリカで設立されたピアノ製造会社・スタインウェイのピアノは、「神々の楽器」と呼ばれています。それほどに、たくさんのピアニストや、音楽好きの人たちから愛されてきたピアノです。
スタインウェイピアノに込められた技術については、ここではとても語りきれませんが、その根っこにあるのはきっと、これまでピアノを作ってきたたくさんの人たちへの尊敬の気持ちと、「もっと良いものがきっとできるはず」というあきれるほどの熱意です。
今日この場所で、スタインウェイのピアノを演奏するみなさん、その演奏を聴くみなさんは、300 年以上前のクリストフォリの時代から脈々と続いている、「ピアノ馬鹿」の線の上に立っています。そして深く愛され、守られています。
私たちもきっと、どこまででもいけるはず。今年もみなさんが、ピアノと一緒に素敵な体験ができますように。
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夏のふりかえり

2017-8-28

夏のふりかえり


今年も夏休みが終わります。
長かったのか何なのか、とにかく夏よりも前を
忘れてしまうくらいの濃い夏にはなりました。
心を亡くすと書いて忙しい、と思う日々でしたが
心を亡くしかけては、大切な近しい人たちの
美しい心と美しい音楽に励まされ、心の中は
結果、すっかり浄化されたのかもしれない夏
でした。

ピアノの甲子園、ピティナコンペティションには
今年も教室から、我が家からもみんなで挑戦し、
励ましあって、頑張りました。
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最後の最後に、息子(中1)が全国決勝大会に進出
できたことには、本人の頑張り以上に、ここまで
来られたことへの大きな力、お導きに、感謝しか
ありません。
大舞台で大好きな4曲を元気一杯に弾く姿を、
大切な方たちにご報告できて、本当に良かったです。
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少しひんやりした夏の終わりの風が吹く中で、
夏真っ盛り、七夕の夜を思い出しています。
連弾でピティナに挑戦した、小1ガールズの
AちゃんHちゃん二人との、本選直前のレッスン。
 たなばたのお願いごとで(うちの娘の) Sちゃん
 のたんざく飾ってあるのみた〜 
 ピアノが上手になりますようにってかいてあった
去年までは、えかきさんになりたいって書いて
いたので、そうかそうか、と思っていたところ
 わたしも、ピアノが上手になりたいってかいた
えっ、Aちゃんも?貴重なお願いごとなのに、
嬉しいな‥おんなじだったね。
で、Hちゃん(オチ担当)はなんてかいたのよ?
 ‥
 ‥
(ぶすっとした可愛い顔で)
 わたしも、ピアノが上手になりますようにって
 かいた

わあ一緒と、Aちゃんもお母さんもみんな笑って
えーっ、あんたもけ!と、爆笑しながら、胸から
こみ上げるものをこらえていました。

翌朝は、娘もその二人もみんなで京都本選。
朝4時に起きて一人準備している間、その会話を
思い出したら、とめどなく涙が流れて止まりません
でした。
ピアノというのは、孤独な芸事と言われます。
練習も一人、本番も一人。
私の小さい頃は、周りでピアノをする人はほとんど
いませんでした。家族も誰もピアノを弾かないし
学校の周りの友達にもあまりいなくて、東京の大学
に進学し、ピアノサークルに入るまでは、 ピアノを
するという、大切な時間を分かり合える人は、
先生以外、一人もいませんでした。
寂しかったのかもしれません。
今は、こんなにたくさん、小さい人も大きい人も
ピアノを大切に思う仲間がいて、夫も家族もみんな、
みんなみんなピアノをしています。

幸せです。

‥まあでも、家族にはピアノばっかりで、ちょっと
申し訳ないとは思っています!

蜜蜂と遠雷からの

2017-2-7

蜜蜂と遠雷からの


『蜜蜂と遠雷』を読み終えてから数日経ても
目にした直後の印象が薄れず頭のまん中に
居座っているシーンがあります。
主人公の1人、コンクール参加者の女の子が、
本番のステージでピアノを前に座ったあと、
演奏前にピアノの上の一点をみつめるという
場面です。
もう1人の主人公、同じコンクール参加者の
明石という男性は、亜夜というその子の才能に
ずっと憧れを抱いていました。

“亜夜はストンと椅子に腰掛け、ピアノの上の
一点を見つめた。
彼女はいつもあそこを見つめていた。
何が見えるのだろう。
今、何を見ているのだろう。
明石は不意に熱く苦いものが込み上げてくる
のを感じた。
俺もあそこに行きたかった。彼女が見ている
ものを見たかった。
いや、ほんの一瞬かもしれないが、見たと思う——
続けたい。弾き続けたい。”

この場面の彼女が見ている何かが、ずっと頭の
中にあります。それが何なのかということでは
なく、この何かは確かに、ある、というか、
いる、ということなのですが、これは、音楽を
愛するかなりの人に共感していただけること
なのではないかと想像していますが、どうなの
でしょうか。
音楽の元素のようなもの。
音楽の神様が、具現化したようなもの。
音楽という、母なる概念のようなもの。

たとえば私は泳ぐのは全然得意ではなく、
25mプールを一回往復して息切れするような
ものですが、それでもプールの中でたっぷり
と水を掻いていると、浮力にくるまれた魚の
ような気持ちになり、人も昔は魚だったっけ
と、人類のルーツを感じますし、美しい海に
入れば、遥か彼方とつながっている感覚から、
母なる地球がどうして生まれたんだろうと、
何か途方も無いことを思います。
そういう感覚がどこかにあるから、人は水で
泳ぎ、海を見ることに惹かれるのかなと思います。

おそらく音楽も同様にそういう途方もない
大きな概念とつながっており、コンクール
という際立ったステージのピアノの上には、
限りなくその姿に近づく道があるように
思えました。

その存在を一度でも感じることができたら、
きっと音楽は生涯の友となり、時には心の
拠り所となって人生を支えてくれたりもする
ように思えます。
日々音楽を教えさせていただく立場にいて、
そのために泳ぎ方を教え、海のように広い
ホールでの発表会にしつこく誘ってしまう
ことだなあと、我にかえった次第でした。
(教室の発表会は、任意参加です、安心してください)


そんな週末、泳ぎ方を少しずつ教えてきた
小さい生徒さんたちが、この上なく美しい
東京のホールで行われるバッハコンクール
全国大会に参加し、私は一緒に行けません
でしたが、そのうちお二人が金賞と銀賞を
いただいてこられました。もちろん私の力で
なくお母様の偉大なサポート、私にいつも
遥か彼方の美しさと厳しさを教えてくださる
恩師の教えがあってのことなのですが、
演奏の動画を見せていただく限り、二人とも
ふだんの練習そのままではなく、それ以上に
美しい、たくましい演奏で、感動的でした。
壮大な海を、自力で泳いで、美しいものを
みつけてきて、それを、
ほら先生
と見せてくれたような、えも言われぬ幸せな
気持ちです。ふたりには、見えたのだろうか。
本当におめでとうございます!

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蜜蜂と遠雷

2017-2-3

蜜蜂と遠雷


なのに、なぜ。

クラシック音楽界の片隅で生活していると、
日々たくさんの
なのに、なぜ
に遭遇します。

音楽なんか、なくても生きていけるもの
なのに、なぜ。
クラシック音楽は、その曲がつくられた
当時にはクラシックじゃなくポピュラー
だったのに、なぜ。
クラシック音楽なんか、いま全然人気ない
のに、なぜ。
コンクールなんか、音楽に点数をつけられ
るものじゃないのに、なぜ。
ピアノがどんなにうまくなっても、音楽で
食べていけるわけじゃないのに、なぜ。

才能なんかないのに、なぜ。

アリとキリギリスの、キリギリスを選んで
しまった音楽家たちの悲哀が、今期の火曜
ドラマにも描かれています(楽しみに観て
います)が、この業界を取り囲むこれらの
呪いは広く根深く、私たちはそれを見ない
ように、もしも見てしまったならさっさと
逃げてしまうように習慣づけられている
気がしていました。
だって、好きだから、としか言えない、
何もできないので。

でもそんなたくさんの
なのに、なぜ
の答えのすべてに真っ向から立ち向かった
カッコよすぎる書籍、『蜜蜂と遠雷』
(幻冬舎)が、直木賞を受賞しました。
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舞台は日本で三年に一度行われる浜松国際
ピアノコンクールをモデルとした、架空の
〝芳ヶ江国際ピアノコンクール〟出場者の
4人を中心に「人間の才能と運命、音楽を
描き切った青春群像小説」です。

一月が終わったあと一気読みしました。
(ネタバレは含みません)
ふだんから子供たち、教室の生徒さんたちと
真剣に接しているコンクールの遥か先にある
国際コンクール。予選での審査員の視点から
はじまり、その出場者をとりまく環境を自然に
丁寧に、そして見事なエンターテインメントで
もって描かれていて、エンターテインメント
すぎるかと思うところもありましたが、心から
共感し、涙し、いつまでも大切に引き出しに
しまっておきたいと思う言葉が、たくさん
たくさんありました。読み終えて実際にひとつ
大きなコンクールを自分で体験し終えたような
達成感でいっぱいです。

でも何よりも、この状況を描こうと立ち向かい、
構想12年、取材11年、執筆7年をかけて見事に
描き切られたことに震えました。

なぜ音楽の道にいるのか。
なぜピアノを弾くのか。
なのに、なぜ、を誰より問い続けてきたはずの
国際コンクールの選ばれた人たち、すべてを
音楽にささげる彼らと同じ深さに潜り、彼らの
「なぜ」とがっぷり四つに組み、同じ深さで
すべてを言葉にささげて紡ぎだしたその理由を
エンターテインメントに変換し、日頃クラシック
音楽に馴染みのないたくさんの人たちを、共感
させ、権威ある賞をもって評価されているという
事実が、私たちには驚異であり、大きな大きな
励ましに思えます。

音楽は、言葉のない芸術なのに、それを言葉に
するなんて、なぜ。

なのに、なぜ
に立ち向かう勇気をもらいました。


おひきぞめ2017

2017-1-31

おひきぞめ2017


2017年もひと月が過ぎました、濃いひと月
でした。
年明け早々は、息子(12歳)の小学校生活最後の
挑戦となったショパン国際ピアノコンクールin
ASIA 全国大会で入賞、ファイナルのアジア大会
に進むことができ、すばらしい舞台に感動。
濃厚で純度の高い演奏の数々、ショパンがくれる
特別な時間に、大きな刺激と力を頂いてきました。
未熟な息子をここまで引き上げ続けてくださった
恩師と、いろいろとどうしようもないながらも
彼なりの努力と成長でこの場に連れてきてくれた
息子自身にも感謝しつつ、一週間で二度の東京
往復による疲労、日々の滞った業務の山を前に
ほぼ思考停止に陥りながら、なんとか天候も味方
してくれ、今年のおひきぞめ会を、なんとか
無事に、終えることができました。よかった…

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今年はラポールさん(まどかホール)@小杉
にお世話になりました

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年男たちによる司会進行、
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最年少はりっぱな3さいちゃん、
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5組の親子さんの連弾では、ピアノ未経験の
お父様もりっぱにお弾きになり、
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大好きな後藤ミカさんの編曲による
“ブルグミュラーでお国巡り”を4組の親子さんで
リコーダーでの家族共演も大成功、

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去年に引き続き「おひきぞめべんきょうかい」
テーマを「音楽の4期」としてしまったため
壮大すぎてパワーポイントのページ数だけは
りっぱにふえましたが

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ホルンとの共演もすばらしく

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生徒ちゃん達のりっぱに成長したその姿に
熱く励まされながら

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今年も笑顔のラデツキー行進曲で、終える
ことができました。

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みんなでイスをならべて

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撮影した写真もまとまりましたので、参加者の
みなさまには昨日からお配りしております。

みなさまのお力で、今年も笑顔でピアノを囲む
新年の素敵な時間をすごすことができましたこと、
心より感謝申し上げます。
あらためましてみなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします!




弾きおさめ2016

2016-12-31

弾きおさめ2016


2016年が暮れようとしておりますが、皆さま
いかがお過ごしでしょうか。
普段は小さい生徒さんと接することが多いので
皆さんご家族で、賑やかにお過ごしのことと
思いを馳せつつ、買物に出かけた先のお店の方、
社会のインフラを支えてくださる勤務中の方々に
感謝を馳せつつ、壮絶な大そうじで疲れた体に
鞭打ち、我が家では今年の「弾きおさめ」を
いたしました。

家族4人、1年間で舞台で弾いた曲を1月から
ふりかえり、数えてみると、私と夫が5曲、
娘9曲、息子は11曲ありました。
事前練習は禁止、じゃんけんで勝った人から。
1月の曲は、お弾きぞめ会で弾いたものですが、
まあ忘れていることといったらなく

ひどい!
へたすぎる!
いつおわるの~
ええっ
ありえないその音
わすれすぎ〜
まだ〜
はやくおわれ〜

飲み食いしながら、やまない野次。
夏のコンクールの曲は、みんな意外といける。
はずが、ひどいのがあると盛り上がり‥
でも、なんとか終わると盛大な拍手。

時が進み、今取り組んでいる曲になったときの
親密なことといったら、ありません。
やはり練習しかない、というほかはありません。
弾いている本人は快感ですが、そのころはもう
大そうじの疲れに食べ疲れ飲み疲れ、家族は
ほとんど聴いていなかった。
といったところで今年の我が家のピアノ生活は
終わりました。

今年も濃いピアノ生活でした。
来年もきっと、濃いものになる予感がします。

皆様にとりましても、きっと濃く、そして
(ちっとも上手ではありませんが、楽しい
気持ちばかりで最近弾いた親密な)この曲の
ように、とびきり楽しい年になりますよう、
お祈り申し上げます。
来年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。





教えたい衝動

2016-9-12

教えたい衝動


市の小学校では、5年生になると10月に
連合音楽会があります。
夏休み明けから全体の練習が始まるので、
ピアノを習っている5年生にとっては、
合唱曲と器楽合奏曲のピアノを担当するか
どうかと、やきもきするのが夏休み前の
ことでした。

夏休みが明けてからは、うちの6年生の
息子がなぜかやきもきしておりました。
「合奏が気になるんだよね」
そうね、去年の曲とぜんぜん違うもんね。
「いろんな楽器があってさあ…」
うん。去年自分達もやったし知ってるよね。
「その、指揮がしてみたい…」
指揮は、毎年のように先生がすると思うぞ。
「その楽器の人たちを教えてみたい…」
お、おう。
「先生に頼んでみようかな」
えっ。
「5年の担任の先生に練習の手伝いをしたい
と言ってみた」
まじか。
「とりあえず朝練習のとき、手伝ってもいい
ことになった」
まじか。よかったね。

寛大な先生のご判断にありがたく思う一方、
教えたい、という欲求にはむらむらと沸く
衝動があるのかもしれない、と考えました。

それで私自身も同じ6年生のころ同じ衝動に
かられたことを思い出しました。
近所の家に5歳ほど年下の女の子が住んで
いて、全く交流がなく一度も話したことも
なかったのですが、ある日、それまでには
しなかったピアノの音が、そのお家から
きこえてきたのです。
どうやら習いはじめたらしいと。
もう気になって気になって仕方がありません
でした。当時知っている数少ない曲の中で
このゆっくりだけど美しいクレメンティの
ソナチネの2楽章、音がすごく少ないから
もしかしてあの子も弾けるかもしれない、
すごくきれいだから、これを弾けたらあの子
すごく喜ぶんじゃないかな、どんなふうに
笑ってくれるのかな、習いはじめだから、
ソナチネは知らないだろうし、教えたいな
どうやって教えるのがいいかな、ソラシドレ
に手を置くのをやったことあるかな、
というかいきなりお家に行って、教えさせて
ください!と言ってもだめだろうな…などと、
勝手に限りなく妄想を膨らませていました。
結局、行動する勇気がなくそれきりになって
しまいましたが、今もそのソナチネ2楽章を
見聞きすると、思い出す感情です。

その後、自分でもすごく恥ずかしくなり、
私は下に兄弟がいないのでおねえさんぶって
誰かの面倒を見たかったのかもしれないし、
自分が少しピアノが弾けるから、誰かに
すごいなと思ってもらいたかっただけかも
しれない、過剰な自意識として黒っぽい歴史の
引き出しに記憶をしまっていました。

でも今回の一連の息子の様子を見て思うのは、
好きなことを伝えたいという欲求、伝えたら
もしかして喜んでもらえるかもしれない、
それを試したい、という欲求が、教えたい
衝動としてあるのかもしれないということ
でした。
ソナチネ2楽章で思い出すのは、まだ見ぬ
その子の笑顔です。この曲の存在を伝えたら、
弾きやすさを伝えたら、美しさを伝えたら、
私が知っていてその子がそれまで知らなかった
ことを伝えたら、きっと喜んで笑ってくれる
だろうな、と、見たことのない想像上の笑顔
です。(妄想の記憶は怖い凄いものです…)

巡りめぐって教える仕事をさせていただいて
いる今、そのときのソナチネ2楽章の選曲は
まったくありえない、絶え間ないポジション
移動と付点や伴奏のコントロールが必要な
難しい曲でダメダメなのですが、そのときの
衝動は今も全く変わっていないと気がついた
ことでした。
人は何でも好きなもののことをよく知りたく、
知ったら誰かと共感したい生き物なのかなと
思います。そんな衝動で仕事ができるなんて
本当に有り難いことです。

その子の笑顔と、今一緒にいることができる
生徒さんたちのまだ見ぬ笑顔を想像して、
1月のおひきぞめ会の選曲に頭を巡らせてる
今日この頃です。
これ弾こうよ!と紹介したその曲に、きっと
目をキラキラさせてくれるかもしれない、
期待に満ちたこの時間が大好きです。
実際のところは、良い反応ばかりでもなく
ちょっと(ぎょっと)顔がこわばる生徒さんが
いることもありますが…
安心してください、きっと笑顔にさせてみせますよ!

今夏のコンクール

2016-8-31

今夏のコンクール


今年もコンクールの夏が終わりました。
生徒さんと、子供たち、今年は私自身も
一緒にコンクールに挑戦しました。

結果は、良いこともあれば…
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IMG_5638.JPGまさかのテレビ収録があったり…

良くないこともありました。
結果が良くないときは写真がないものです。
でも、結果が得られなかったことでしか
得られないことが、本当にたくさんあると
学ぶ夏でもありました。

次に進めることになるにしても、ならないに
しても、トロフィーがもらえるにしても、
もらえないにしても、本人と、そのまわりの
近しい人たちの心を大きく動かし、確かな
学ぶ機会になります。

また結果は、頑張った証拠ではなく、何かの
おぼしめしのように思う夏でもありました。
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夏のおわりのコンクールで、生徒ちゃんの
一人が金賞の大きなトロフィーをいただき
ました。
心の底から音楽が好きで、がんばりやさんの
彼女は最近少し元気をなくしかけていたので、
今回のご褒美が私も本当に嬉しく、この夏の
辛かった事たちが報われたような気持ちに
なりました。

おぼしめしだなあ、と思うのは、コンクール
前日、彼女の本番前最後のレッスンのさらに
前日の夜、最後にどんなレッスンをしようか
考えながら眠ったところ、夢の中で新しい
練習方法を鮮明に思いつき、彼女にそれを
ええ〜こんなん?キャハハ〜と笑いながら
レッスンする夢を見たのです。
フレーズを長くとるための練習だったのですが
あまりに鮮明だったので、こんな夢見た!と
次の日のレッスンでも彼女に話しながら実際
その練習を試してみたら、とても良い感触で、
彼女もよく体に馴染ませてくれて、夢みたい
でした。

そしてコンクール当日、審査員の先生が講評で
演奏のアドバイスをお話しくださったことには
「フレーズを長くとる曲なので、そのように
練習をしましょう」とまさに夢での練習が、
試験のヤマを当てたような状況になり…

もちろん、フレーズは一般的に重要な表現の
ポイントであり、それより何より彼女本人の
努力、お母様の日々のあたたかいサポートの
賜物ではあるのですが、なんだか、ピアノの
神様のお告げのような、何かがまた一つ道を
ひらいてくれたような気がしてなりません
でした。

彼女のめいっぱいの笑顔、次ももっともっと
がんばる!とこれまで以上の元気を得た眩しい
オーラで、私の背中もぐいっと次に押されました。
大きな学びと、次の道のりを示してくれるのが
コンクールだなあと思います。
一緒にまだまだがんばらなくては!




ぴあのわ2016

2016-6-15

ぴあのわ2016


おきらくサロン弾き合い会 『ぴあのわ』
第三回を、今年も無事開催させていただく
ことができました。
IMG_5245.JPG
ピアノを囲んで輪になって、あくまでも
気楽にピアノを弾いて、あくまでも楽しい
場を共有できたらと、企画しているものです。
お友達先生(http://www.step-piano.com)
と合同での会ですが、生徒さんご本人に限らず、
お友達やご家族も弾いていただけます。
今回、ご家族での連弾のご参加が増えたのも、
とても嬉しかったです。

くじびき.JPGこどもの部は、演奏順をくじびきで決めてスタートしまして、
男の子.JPG年中さんのニコニコ初舞台、
もとしまさん.JPGピアノ歴2ヶ月でも堂々の初舞台、
母娘1.JPGお母さんと、娘さんの連弾は
母娘2.JPGお子さんが本当に嬉しそうで、泣きそうになります。
こども集合.JPGこどもの部が終わりましてから、

高桑さん.JPGおとなの部です。毎年出てくださる方もおられますし
武内さん.JPG新たに仲間入りしてくださる方、
どいはらさん.JPG大阪に転勤されたのにかけつけてくださる方、
親子連弾.JPG連弾でご参加くださる方もふえましたし、
スクリーンショット 2016-06-16 8.17.36.png今年もすべらない滑り芸、剣の舞もあり
夫婦連弾.png僭越ながら夫婦連弾もさせていただいたりして、
大人集合1.JPGたくさん笑って終えることができました。

イベントをさせていただくたびに、毎回
これでいいのかなと反省し、また来年も
やっていいものかと落ち込むものですが
うちの息子や娘にきくと、ぴあのわ大好き
と言ってくれることです。なぜなら
「ひいたあとにケーキがたべれるから」
…ということで、来年も頑張ります。
関わってくださった方々、本当にありがとう
ございます。来年もよろしくお願いします!




ギドン・クレーメル×リュカ・ドゥバルグ デュオリサイタル(2)

2016-6-9

ギドン・クレーメル×リュカ・ドゥバルグ デュオリサイタル(2)



IMG_5194.JPG
リュカのガスパール日本初演。
これを聴くがために、日常を色々と放り投げて
やってきたのですが、ここで私がまずかったのは
はまりすぎたがゆえに、映像を観すぎてきて
しまったことです。
ガスパールで100回は観たかもしれません。
ここのこれが観たいとか期待が大きくなりすぎ、
リュカは即興性が強く常に同じようには弾かない
のもあり、予想と違うやりかたにいちいちこれって
こういうことか?と考えているうち、流れていく
音楽に集中できなくなり、猛反省しました。
途中から、この人は初めてきく人で、ぜんぜん
好きなんかじゃないと自分に言いきかせたもの
です。

実際のリュカは映像よりもまだまだ手足が長く、
骨ばって見えました。
音に独特の硬さと潤いがあるのは、この骨ばった
体の質感だと思いました。
1年前のコンクールのときの刹那的な美しさ、
どこにも行き場のないような激情はどこかに
昇華されたのか影を潜め、ただ音の出る時間と
消える時間、立ちのぼっては、消える香りと、
うつりゆく色彩を神経質に大事に大事にして、
すべての音を明確に、謙虚に慎ましく、私たちに
伝えようとしていました。
第3曲スカルボでは疲れもみえたか、音抜けや
すっきりしないパッセージもありましたが、
それを補ってあまりある美音と世界観と説得力。
地の精霊が迫りくるクライマックスの最低音は、
実際に喉の奥から絞り出したうめき声そのものに
聴こえる最高のおぞましさ。
会場からは感心したような唸り声と大拍手でした。



IMG_5170.JPG
プログラム後半はクレーメルのソロ、イザイの
無伴奏ソナタ。民族的なざらっとした曲調で
大好きになりました。
クレーメルのヴァイオリンは、ほんとに聴いた
ことのない音がしました。
朗らかな人の話し声のような、ほんの少し喉を
ふるわせるゆるいつぶやき、緊密に通る声。
ぼはっとした春の花ような香り、花の粉っぽい
触感。
間や語尾はユーモアに溢れ、顔は笑っていても
言ってることは毒舌極まりない落語のような
語り口。
無類のテクニシャンでもあり、無伴奏のなんと
分厚く豊かなこと。
まだまだ余裕があるようにふわっと柔らかな
表情で弾ききりました。

ラストはフランクの傑作ヴァイオリンソナタ。
前半ことばを交わしてきたふたりが、いよいよ
絵の具をぶちまけるみたいな、強烈な色彩感が
爆発していました。
それにしても凄い曲!めくるめく和声、慈愛に
満ちたメロディー、官能的な半音の下行、
激して情熱的にたたみかける上行形のモチーフが
ピークでやさしく笑ったり、笑って諦めたり、
一人になって落ち込んでその後やっぱり怒りだし
言いたいことをぶちまけては固く抱きしめ合う、
いろいろあったけどその将来を天使が祝福し、
前途洋々な未来が見えてThe End、みたいな
フランスの恋愛映画さながらドラマチックで、
(勝手なこと言いましたが大変な名曲です!)
でもふたりの観る音楽の真実は甘すぎず、ただ
真摯に冷静に音の美しさを追って向かっていく
ように見えました。
30分近い曲があっという間。芸術は爆発だ!

最後の音をふたりガッツポーズのように空中で
締め、会心の笑顔で讃えあい手を取り合って
拍手喝采に応えた後のアンコールは、イザイの
子供の夢。
IMG_5179.JPG

これが最高でした。
チャイコフスキーコンクールでの感傷的な
ワルツのように、このような小品がリュカの
真骨頂とも言えます。
水の枯れた深い井戸の底で意識を壁の向こうに
飛ばし人間の本質と対峙しているリュカと、
音から異次元の表情を引き出すクレーメルとが
それぞれに見ているのは、ただ音楽の中心で
それが真実の光なのだなあと、つらつらとまた
思うことです。
芸術はあくなき美への追究であり、それは
シンプルで、野蛮なものだなあとも。

IMG_5180.JPG

帰り道に気になっていたことは、このリュカ
という人、ピアニストとして生きていく気が
あまり強くないような気配がしています。
どこかのインタビューで、どうなるかなにも
分からない、ビジネスの大学にも興味がある、
などと言っており、おいおいこんなに巨匠
クレーメルと音楽の神髄をみせてくれたのにと
思います。ツンデレもいいところです。
でも周りは放っておかず、リュカの友人の
クリエイターはリュカの映画を撮るとかで
クラウドファウンディングに成功していて、
でも全編フランス語のようなので、今回の
公演で日本でも人気が出たら、日本語訳も
制作されないかなと思います…
音楽と人の力でなんとか引き止めてまだまだ
私たちを楽しませていただかなくては。


ギドン・クレーメル×リュカ・ドゥバルグ デュオリサイタル(1)

2016-6-8

ギドン・クレーメル×リュカ・ドゥバルグ デュオリサイタル(1)


ギドン・クレーメル×リュカ・ドゥバルグ
デュオリサイタル@サントリーホールに行って
きました。
これまで散々ルカと言ってきましたが、今後
日本では実際の発音に近いリュカ、と呼称を
統一するそうです。
IMG_5190.JPG
今回の来日プログラムは
-------------------------------
6月6日 サントリーホール「アナザー・ロシア」
ワインベルグ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 op.126(クレーメル )
メトネル:ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調op.5 (ドゥバルグ )
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ ト長調op.134(デュオ)
-------------------------------
6月7日 サントリーホール
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタト長調 (デュオ)
ラヴェル:夜のガスパール (ドゥバルグ)
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番op.27-5(クレーメル)
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 (デュオ)
-------------------------------
IMG_5192.JPG
6月5日には兵庫県立芸術文化センターも
ありましたがピアノソロはなく、お目当ては
7日の、夜のガスパール。
今後リュカ・ドゥバルグがピアニストとして
名を残していくならきっと彼の代名詞になる
はずのラヴェル『夜のガスパール』日本初演を
どうしても観ておきたかったです。
グールドのゴルドベルク変奏曲、ブーニンの
仔犬のワルツ、ドゥバルグのガスパール、と
いう具合に。

IMG_5193.JPG
ヴァイオリ二スト、ギドン・クレーメルは、
御歳69の巨匠です。うちのピアノがお世話に
なってる調律師さんによると、クレーメルは
凄い、衝撃だ、あの音は異次元だ!と手放しの
賞賛で、これは一生聴けないかもしれない競演、
毎度のことながら 迷わず 思い切って、家族を
置いて行かせてもらいました。


サントリーホールの芳醇な木の匂いがほんとに
好きです。8割ほどの入りか、華やかな盛況ぶり
です。
IMG_5178.JPGサントリーホール内部は撮影禁止です

ほぼ、ど真ん中の席。デュオのときピアニストの
顔がヴァイオリンと譜面台に少し隠れましたが、
音響はたぶんベストポジションだったでしょうか。

19時を少しだけ過ぎて開演、クレーメルは光沢の
ある紺色のオリエンタルな詰襟、リュカはいつも
のラフなスーツ姿でにこやかに登場し、互いに
親密に目線を交わし、信頼し合っているように
見えましたが、カトリックの神父さんと悩める
青年みたいでもありました。

1曲目ラヴェルのデュオは、フレーズのはしばしで
フランス的に口をつぐむような発音、決して声を
荒げない対談のように知的で、大事なことは敢えて
ぼそぼそしゃべるような弱音の美しさに込み上げる
ものがありました。
この日の曲はフランス語圏のプログラムでしたが、
だいたい、クレーメルとリュカがもともと持って
いる声というか、求める質感が同じ気がしました。
ピアノとヴァイオリンで、鳴らし方は全然ちがう
はずの楽器なのに、見事に溶け合っていて、
なんでこんなパス(音)が出せるんや!
と漫画スラムダンクのようなせりふが出てきます。
前日のロシアものはどんな音だったのだろう‥

つづいて前半の最後に、リュカのガスパール。




ルカ・ドゥバルグの新譜

2016-3-27

ルカ・ドゥバルグの新譜


ルカ・ドゥバルグのデビューCDが発売になり
予約していたのが届きました。
IMG_4952.JPG

収録曲は
スカルラッティ:ソナタ イ長調K208 (L238)
 ソナタ イ長調K24 (L495)
 ソナタ ハ長調K132 (L457)
 ソナタ ニ短調K141 (L422)
ショパン:バラード第4番ヘ短調 作品52
リスト:メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」 S514
ラヴェル:夜のガスパール 第1曲 オンディーヌ
 夜のガスパール 第2曲 絞首台
 夜のガスパール 第3曲 スカルボ
グリーグ:抒情小曲集より「メロディ」作品47-3
シューベルト:「楽興の時」 D780 作品94 第3番ヘ短調
スカルラッティ=ルカ・ドゥバルグ:ヴァリエーションI
 (ソナタ イ長調K208に基づく)
の12曲。

例えば、映画を観たり、小説を読んだり、テレビ
ゲームをしたりしていて、それがすごく面白くて
ひとり夢中になることがあります。
それでいよいよクライマックスが訪れたりすると、
日常が遮断され、自分の脳みそが世界の全てを
覆い尽くすような錯覚に陥りますが、そのような
極度の集中状態が1曲目の開始2秒からずっとある
ような、非日常的な空気の薄さが、私の受ける
ルカの印象です。
スカルラッティもショパンも、どの曲でもその
純度の高い精神状態から絞り出されるような音に
心をうたれますが、何よりもやはりラヴェルの
狂気じみた空間は、音楽というか何か別の芸術
世界を思い出させます。例えば強烈な文体を持つ
小説のような。

孤独と痛みに満ちた暗く深い井戸。水の枯れた
井戸の底に潜り、遥か上にある出口を見上げて
移りゆく光と影を丁寧にたどる。やがて空気は
薄くなり、井戸から出ることを静かに諦め、
目を閉じると、いつしか意識は井戸の壁を抜け、
ある部屋がメタファーとして…
と、これは実際の小説『ねじまき鳥クロニクル』
(村上春樹著)のお話でした。

ルカのことを思うと、井戸のことを思い出します。
井戸に潜ると、そこにルカがいるような気がします。

そもそも、偉大な作曲家たちはみな井戸に潜って
その壁を抜けるように意識を飛ばしながら、曲を
生み出してきたのではないかとも思います。
みなおおむねあまり裕福ではなく、曲を作ること
でしか救われないぎりぎりの精神にいたはずで、
でも現代に生きる音楽家の多くは、同じように
優れた才能に恵まれていたとしても、幼い頃からの
英才教育や輝かしい環境が与えられていることが
多いという、もしかしたら矛盾がないだろうかと
思います。
その最たるスーパーピアニストが集結する華々しい
チャイコフスキーコンクールにおいて、長く孤独な
家庭に育ち、20歳までまともな音楽教育を受けず、
誰よりも暗い影を纏ったルカは、異常な存在であり
ながら、芸術とはそもそも孤独なものだと個々に
思い出させ、また才能だけでここまで来てしまった
ということがなおさら孤高の美しさを際立たせた
ことも手伝って、熱狂を呼んだのではないかと想像
します。

6月、日本でのリサイタルが決定しています。
どんなに深く美しい井戸に連れて行ってくれるのか、
楽しみでなりません。


第6回バッハコンクール

2016-2-16

第6回バッハコンクール


春風の吹いた週末は、日本バッハコンクールの
全国大会に出かけてきました。
生徒さん4人と娘と息子、6人の応援と付添いを
理由に、都心の一流ホールを4カ所はしごできる
という垂涎の2日間でした。

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浜離宮朝日ホール@築地市場、

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よみうり大手町ホール@大手町、

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トッパンホール@江戸川橋、

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王子ホール@銀座、

こんな名立たる素晴らしいホールで弾けるなんて
誠にうらやましい限りです。でもそれに見合う
努力を数ヶ月重ねて、それに見合う力をつけて
きた方たちばかりが出場できるわけなので、
むしろこの豪華な場がふさわしいものだなと、
4会場を観戦して納得させられてきました。

日本バッハコンクールは、大バッハの曲に限らず
バロック期の作品が課題曲になります。
私の周りでは一人を除いてみな初参加でしたが、
一般的にわりと子供たちには敬遠されやすいか
流されやすいバロック作品を、課題曲の1曲に
深く集中して学ぶことで、難しさの向こうにある
バロックの面白さに触れることができ、とても
有意義な機会だと思いました。

そんな皆の結果は今回も悲喜こもごもありながら、
生徒さんのひとりが奨励賞、うちの子供たちは
ふたりとも金賞をいただいてしまいました。
全く身に余る大きなトロフィーでした。
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うちでは本当に練習をさぼることしか考えない
どうしようもない子供たちですが、まだピアノを
がんばる道にいていいのだと、ピアノの神様に
少し許され、励まされたような思いでした。
私もまだまだ、もっともっとがんばらなくては
と思いました。


おひきぞめ2016

2016-1-27

おひきぞめ2016


北陸地方が北極並の大寒波で覆われた日曜日、
教室では、新春コンサート「おひきぞめ」を
開催しておりました…@射水市大島絵本館
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本当に大変な天候になってしまいました。
あまりの暴風雪に、娘(7歳)は恐怖で泣き出す
始末。教室の皆さまの安全を考えると中止する
判断もというところでしたが、とにかくご無理の
無いようにお越しいただくよう配慮しつつ何とか
実施いたしました。
動揺し頭も体も思うように動きませんでしたが、
少しずつお見えになる皆さんの、いつも通りの
笑顔と、いつも以上に華やかな出で立ちに、
少しずつ、力が沸いていったことでした。

司会者.png
司会進行は小学生男子コンビで、

スクリーンショット 2016-01-27 0.29.44.png
ピアノ歴4ヶ月の熱演や

ショパンのポロネーズ遺作.png
少女のショパンポロネーズ、

スクリーンショット 2016-01-27 9.52.37.png
堂々たる最年少カップルの連弾や

父息子連弾.png
ちょいワル父子連弾、

母娘バイオリン.png
ヴァイオリン母娘にも花を添えていただき、

解説しました.png
名曲シリーズ曲解説「べんきょうかい」は
はりきってしゃべりすぎましたが

よくできました.JPG
つつがなく終えることができました。

終了後インタビュー.JPG
終了後インタビューをしてます…


結果ひとりの欠席も事故もなく、今年も楽しい
「おひきぞめ」を行うことができましたこと、
本当に有り難く思っております。
参加者の皆さんののびのび美しい演奏、保護者の
皆さんのあたたかいサポートには本当に大きな力を
いただきました。
やはり数多くの至らない点に一晩反省し落ち込んだ
あと、またこれからも前を向いてがんばろうと、
心新たにしております。

改めまして本年も、どうぞ、よろしくお願いいたします!





第1回ブルグミュラーコンクール

2015-12-26

第1回ブルグミュラーコンクール


ピティナの提携コンクールとして、今年初めて
「ブルグミュラーコンクール」が開催されました。
”日頃レッスンで使うピアノ曲、ブルグミュラーの
作品を学び、ピアノ学習においてより豊かな表現を
追求する素地を養うことを目的”とされています。
(ブルグミュラーコンクール要項より)

11月下旬から東日本の9カ所で地区大会(予選)、
東京ファイナル(本選)は12月23日に浜離宮朝日
ホールにて行われ、息子(11歳)が東京ファイナル
に進んだので一緒にでかけてきました。
IMG_4491.JPG

本当に素晴らしいホールで…響きの美しさに
圧倒されます。
弾く人は、さぞかし気持ちがよいだろうなと
思いましたが、演奏後の本人にきいたら響きの
良さはあまりよくわからなかったそうで、少し
隣りの音をひっかけてしまったミスもあり、
あ〜あ、という感じ。

課題曲のブルグミュラー作品は、今年の夏から
わりと長く取り組んだ曲で、思い入れもあり、
今回、完璧には弾けなかったけれども、年末の
区切りにこんな素敵な場で、一流の審査員の
方々に聴いていただけたことに、感謝しようと
気持ちを切り替えて、結果発表の会場へ。
せっかく遠くまできたので何か賞状がもらえたら
いいな、くらいに思っていましたら、なんと、
金賞をいただいてしまいました。

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つねづね憧れ続けてきた金賞のトロフィーが
思いがけず彼の手の中にあり、私も、本人も、
実感がなく、えっこんなはずでは…と思った
のが、正直なところでした。
だってコンクールのファイナルの金賞と言えば、
目指す音楽のまだまだ遠くの先にあり、とても
今その段階にはいないと、心から思いました。
そしてどんどんトロフィーが過剰に大きく、
自分たちがどんどん小さく思えました。
この賞に値するにはまだまだ努力が足りないし、
いつかこのような賞に納得できる日など永遠に
来ない、途方もない気持ちになり、それは息子
本人も同じように感じたと言っていました。

それからあとで、またそれは、私たちがつねづね
憧れ続けている、もっと金賞にふさわしい存在の
ような人たちも同じく感じてきたことなのでは
とも思いました。
賞に恥じないように、ひたすら謙虚に真摯に、
音楽の中心を求め続けているさまが、音を輝かせ
聴く人をひきつけ続けるのだと思いました。

受賞の喜びより、そもそもの自分の無力さと、
それでも今いる場所にまで引き上げてくださった
恩師の先生への感謝と、その門下のお仲間たちや
私の教室の生徒さんたちの応援の心強さとで、
本っ当に、自分たちだけでは無理だったね…と、
ふたり意見をかみしめ合いました。
この確認を経て、スイッチがカチッと次に進む
ように気持ちが押され、これからがスタートな
気がするね、と月並みにも言い合ったことでした。

息子も来年は小学生最後の歳になり、相変わらず
学校では忘れ物が多く、通信簿もぱっとせず、
担任の先生には席のまわりにいつも何かが落ちて
いますよ…と心配がられる拙さですが、まだまだ
これまで以上に音楽の中心に向かって、彼なりに
走り続けてくれるように願います。
そして昨日のクリスマスには相も変わらず一途に
ドラクエグッズのプレゼントに大喜びした彼…に、
さあ来年も
ガンガンいこうぜ!
と言いたい気持ちです。



おおてよるあそび2015

2015-10-13

おおてよるあそび2015


今年も楽しい「おおてよるあそび2015」
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にて、PLAY×CLASSICが開催されました。
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国際会議場前に置かれたグランドピアノでの、
野外演奏会。
3回目の今年は出演者も大幅に増え、15時から
5時間以上のプログラムには、耳馴染みの名曲に
超絶難曲もあれば、ホルンやクラリネットとの
アンサンブルもあり、また東京芸大の声楽家の
みなさまのグループの素晴らしい演奏もあり、
街角のステージはずっと賑わっていました。
今年も素晴らしい演奏者の皆様にごちゃっと
混ぜていただき、お友達の先生とついでに長男
(11歳)も一緒に弾かせていただきましたが、
珍しく気持ちよく弾けたみたいでした。



ほんとにすてきな企画です。
年に一夜だけ、特別に装飾された富山の街に、
ずっとグランドピアノと拍手が鳴っていて、
弾く方も聴く方も、おそらく企画する方も、
楽しいだけでやっている(実際ボランティア
だそうです)。
きらびやかな電飾で走る路面電車にはサンバの
お姉さんが手を振っており、いつのまにか応援に
きてくださっていた教室の生徒さんとお喋りし、
おなかがすいたら珍しいフランス料理の屋台を
巡り、歩行者天国でハロウィンの仮装の人々が
練り歩いていて、美しくも気軽なお祭り。

もしかしたら、年を追うごとに、企画者の方の
熱意に街自体が馴染んできているような感じも
受けました。
その昔、とある音楽イベントに5年ほど仕事で
関わらせていただいていたのですが、ある年を
境に、企画者の思いの範疇を離れて、イベント
そのものが人格を持ち、勝手に大きく巣立って
いくような感覚を覚えたことがあります。
もしかして今回のイベントもそういう時期に
きておられるのだろうか、ラフォルジュルネ
富山のように、いつか、ぜひなってほしい、と
夢と妄想を大きく膨らませておりました。

そろそろ反抗期の長男には、今日は夜更かしだね
(=いつもは早く寝ろとうるさいのにだらだらと
帰らないね、できれば座ってDSを開けるか、
帰って寝るかしたい、これだから大人は勝手だ)
とは言われつつもめげずに、この心地よい大人の
夜の街歩きと秋風を満喫いたしました。
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コンクール審査

2015-9-17

コンクール審査


所属する楽器店の音楽コンクールの審査員を
させていただくことになり、名古屋に行って
参りました。

私に審査員を… 最初ご依頼いただいたときは
恐縮を通り越して仰天しましたが、お断りする
理由もなく、何とか自分なりに準備勉強し、
講評のための鉛筆を数本丁寧に削り、いつもは
コンクールに挑む側の高揚した緊張とは別の、
ひやりと重たいプレッシャーを感じつつ、その
日を迎えたものでした。
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あまり眠れず迎えた当日でしたが、会場に着き
参加者の方のお顔を拝見すると、どんなふうに
あの曲達を弾いてくれるのかと、楽しみの方が
勝ります。
そしていざ演奏が始まると、プレッシャーなど
感じる暇もなくただただ夢中であっという間の
審査時間でした。


いつもはあちら側、コンクールに挑む側にいて、
自分や子供たち、生徒さんたちとただその曲に
向き合い、ピアノをどう鳴らすかだけを考えて
いました。
本番の舞台の上では、自分の仲間はピアノと、
曲のもつ生命といったところでしょうか。
孤独だな、と思っていました。

でも、審査員席に座ってその人のために講評を
書いていると、何だか私のほうを向いて、私の
ために弾いてくれているかのような錯覚に陥り、
今まで感じたことの無いような親密な時間が
誰にも、同じように感じられました。

誰も審査員に気に入ってほしくて弾いたわけは
なかったと思います。
ただ、伝わってきたのだと思いました。
この曲を、これこれこう弾きたい、ピアノはこう
響かせたい、こんな風に仕上げたかったんだ、
というその人の思いは、ピアノだけに向けられて
いたとしても、ピアノを媒介としてこちら側に
こんなに伝わっているものなんだと、はじめて
知った気がしました。
伝わってきたものを私が受け取り、講評として
言葉に残し、それがそのご本人に届くということ
を思うと、何と幸せで楽しいことなんだろうと
思いました。


もちろん、コンクールはほんのちょっとの差で
その人の数ヶ月の運命を左右する残酷なもので
あり、思いが強ければ強いほど、楽しいなんて
言っていられない面もあります。
でも、それでも、その音楽に長い時間没頭して
磨き上げ、それを、同じように音楽と向き合って
いる人が審査という形で真剣に受け取り、評価と
講評として客観的に返してもらうというのは、
とても濃密で、楽しいコミュニケーションの一つ
ではないかと思います。
何度撃沈しても私がコンクールを好きな理由は
ここにあるような気がします。

音楽のよろこびの一つをはっきりと確認できた
大事な一日になりました。


ピティナ全国決勝大会

2015-8-24

ピティナ全国決勝大会


ピティナ全国決勝大会に行ってまいりました。
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ピティナピアノコンペティションは、世界でも
最大規模の参加者を誇る大きなコンクールですが、
毎年3月1日に課題曲が発表になってから、6月の
地区予選、8月の本選、全国決勝大会と、長い人で
半年近くにわたりピアノ生活を占領するその内容も
大きなコンクールです。

今年は教室からの参加者も増え、我が家の子供達も
ふたり挑戦し、てんやわんやで悲喜こもごもで、
今年もかけがえのない夏になりました。

無邪気に全国大会を目指していた息子(11歳)は
本選で見事に失敗し玉砕。涙も出ないほどでしたが、
ある日FAXが届き、何と私が新人指導者賞を受賞
したので全国大会表彰式においでくださいとのこと。
教室の生徒さん達が頑張ってくださったおかげで
私だけが全国に行くなんて、有難いやら恐縮やら
勿体無いやら申し訳ないやらでしたが、ぜひとも
応援したかった人もいて、色々の思いを振り絞って、
行ってまいりました。

A1級(小2以下)@浜離宮朝日ホール、
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C級(小6以下)@ヤマハホール、
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グランミューズ(大人)@王子ホール
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を観戦し、大興奮。
ここに来るための切符をかけた異様な雰囲気の
地区本選とは違い、決勝の場はどこか和やかで
祝福されたムードも漂いつつ、曲のボリュームも
増えリサイタルさながらの聴き応え。今年一緒に
頑張った身近な人たちの色んな演奏を思い出して
熱くなり、時間があっという間に過ぎました。

翌日の今日が表彰式@ホテルニューオータニ
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華やかで眩しくて憧れの方々が一同に会し、その
熱気と濃さには、くらくらしました。
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くらくらしながら、長かった今年のコンペも全て
終わり、何度も励まされ何度も力をもらった生徒
さん達の笑顔と、何度も泣き何度も心折れぶつかり
あっては仲直りした息子のことを思い、ここまで
私を引き上げ連れてくださった恩師の先生と、
家族のことを思い、皆さんに感謝でいっぱいで、
とりあえずお土産いっぱい買って、帰ってきました。




“リアルのだめ”ルカ・デバルグへの熱狂(2)

2015-7-7

“リアルのだめ”ルカ・デバルグへの熱狂(2)



*指揮者が2人いるモーツアルトのピアノ協奏曲24番

ルカの演奏はとにかく自由です。誰にも指示され
ない、彼だけの美学を持っています。
チャイコフスキーコンクールは、多くの偉大な
音楽家を生み出したロシアという国の誇りであり、
その厳格な思想をもって早期から高度なピアノ
教育をたたきこまれたロシア人の強さを確認する
ように、短期間で残酷なほど膨大な課題を出す
トライアスロンレースとも言われる、最難関の
国際コンクールです。そんな中であまりにも
自由な音楽世界を羽ばたかせるルカが登場し、
人々は驚きとともにすっかりハートを奪われて
しまいました。

常識的、専門的に観れば、テクニックには無駄が
多いし、もっと完璧に弾きこなす人はたくさん
いると思われる中で、ルカの魅力は別物、異次元
のものでした。
まさにたった今、ここでその曲が産み落とされた
かのように、彼の脳内で刹那的に切り取った瞬間
芸術は唯一無二の美しさで、厳格な教育も、強靭
な技術も、人間の精神世界には及ばないのだと、
ひとりの人間の力は無限なのだと、思い出させて
くれるものでした。ただただ涙腺が緩みました。

入賞者ガラコンサート1日目にはチャイコフスキー
『感傷的なワルツ』、2日目にはラヴェルの
『スカルボ』を演奏し大喝采を浴びましたが、
そのあとのインタビューでの話しぶりが、やはり
のだめ感満載の、憎めない天才ぶり。

”滞在中は(同じコンテスタントの)ウルマンや
レドキンとルームメイトで、賢く心から純粋に
音楽する彼らと過ごすのは幸せでした。パリに
いるときは寂しかった(笑)
休日は嫌いです。このコンクールのため中断
してたチェロソナタの作曲があり、最後の音を
書いてしまいたい、それが今重要なことです
(笑)”

お願いですからそのチェロソナタも持って
なんとしても日本で弾いてください。

*”チャイコン”ロスの感傷に浸るために『感傷的なワルツ』をききます




“リアルのだめ”ルカ・デバルグへの熱狂(1)

2015-7-7

“リアルのだめ”ルカ・デバルグへの熱狂(1)


第15回チャイコフスキーコンクールは終わって
しまいましたが、ウェブサイトはまだ終わらず
次回の第16回コンクールが始まる4年後までは
今回のすべての配信映像を観ることができる
ようです。
なので毎日ルカ・デバルグ(ドゥバルグ)の演奏を
聴いています。


*2次予選が終わった後の楽屋でジャズをひいてしまうルカ

今回のコンクールで多くの人々の心を射抜いて、
虜にしてしまったルカ。
最終結果は4位ながらモスクワ批評家賞を受賞し
入賞者ガラコンサートでも特別な位置で演奏、
メディアの扱いや審査員の後日談でも、1位の
マスレーエフと同等かそれ以上の評価と期待で
今なお話題をさらっています。

何しろまったくの無名だったため情報はかなり
少ないのですが、あまりの注目に少しずつ
明らかになってきた背景によると、どうやら
彼は“リアルのだめ”らしいです。
ちゃんとしたピアノの教育を受けはじめたのが
20歳、その当時音楽学校の試験を受ける際に、
課題曲のバッハやモーツアルトでところどころ
違う音を弾いており先生が問いただしたところ
はっきりと答えない、どうも楽譜を見ていない
らしく、全て耳から聴いて覚えてしまうという
ので、先生はその独自ぶりと才能に驚嘆し彼の
合格を決めたそうです。
でもいざ授業がはじまっても彼は現れず、家に
電話すると、彼は不合格だと決めつけて合格
発表を見に行っていなかったとか。
ある記事では、スーパーマーケットで3年間
アルバイトしながらピアノをほそぼそと勉強し
ジャズのグループでも楽しんでいる彼が、
いとも簡単にロシアの政治的影響のある大きな
チャイコフスキーコンクールに参加し、その
音楽は政治的思想に勝利し、これまでの歴史を
変えてしまった、とまで言っています。

はちゃめちゃな前提のルカの活躍はいかにも
ドラマのようで、人気漫画”のだめカンタービレ”
主人公の野田恵を彷彿とさせます。
審査員の評価も高く、4位に不服の人も多い
ようです。今回最も注目された審査員の一人、
カリスマ人気ピアニスト、マツーエフは
『ルカはもはやスーパースター。聴衆と批評家
の心をとらえてしまった。彼の(2次ラウンドで)
夜のガスパールとメトネルの演奏を聴いてから、
こんなコンクールになって良かった、この日の
ためにこれまで長い労力を費やしてきたかいが
あった。自分の音楽祭に招待するつもりだし
(コンクール組織委員長の)ゲルギエフも個人的に
招待するだろう』とのこと。


*2次での演奏『夜のガスバール』第3曲スカルボは孤高の美しさ

チャイコフスキーコンクール閉幕

2015-7-3

チャイコフスキーコンクール閉幕


終わってしまいました。
4年に1度の大きく過酷な舞台に集結した、
世界の物凄い才能をもつ人たち。
その人生をかけたステージが連日何人も
続けて繰り広げられ、そして昨日すべてが
終わってしまいました。

ピアノ部門の結果は
1位 ドミトリー・マスレーエフ(ロシア)
2位 ルーカス・ゲニューシャス(ロシア/リトアニア)
   ジョージ・リー(アメリカ)
3位 ダニエル・ハリトーノフ(ロシア)
   セルゲイ・レドキン(ロシア)
4位/批評家賞 ルカ・デバルグ(フランス)

1次予選から非常にレベルが高いと言われた
今回のコンクール、ファイナルに進んだのは
2次予選でも魅力が抜きん出た、下馬評も
納得の6人だったようです。
でもファイナルの協奏曲では疲労もあってか
かなりわからなくなっていました。私も夜なべ
して観ましたが、どうみても一番輝いていた
と思ったのが、最年少16歳のきらきら王子、
ハリトーノフ。
指先のフォームが教科書を切り取ったような
美しい形で、最初の一音からきらきら光る、
誰とも違う音色。
あまりの美しさがその日は頭を駆け巡り、
レッスンでも生徒たちにこの動画を見せずに
おれませんでした。
「手をね、この形にするんだよ、ほら手をみて」
「イケメンだね先生」
「顔はいいから!手をみてよ!」
「だって手がうつらないじゃん、はやく手〜」
「ほんとにイケメンだよね」
「いま髪がばさって浮いた!かっこい〜」
子どもたちにも大人気のハリトーノフでしたが
演奏後の現地会場の拍手が思いのほか少ない
のが気になっていました。

もしや動画ではわからない決定的な違いがある
のかもしれない(し、もちろん私の鑑賞力の
なさかもしれない)と思わせたのが、1位を
もぎとったマスレーエフへの大歓声、大拍手。
1次予選から物凄い人気でした。
確かに、申し分の無い演奏力、タフな集中力、
絶妙な温度差をつくる音楽への真摯な愛は
感じられたのですが、どうも飄々とし過ぎて
これだという魅力が分かりづらかったのかも
しれません。
公式ページでコンテスタントへクイズ形式の
インタビューがあるのですが、あらゆる質問に
「I have no idea.」的な答えをし、どこか
世の中に背を向けているような印象もあった
マスレーエフ。おそらくその理由があとから
わかったのですが、なんとコンクール直前に、
お母さんを亡くされたというのです。
それをきいてから、1次予選のベートーヴェン
『告別』を観たら…涙で観えませんでした。

でも私の今回は、なんといっても、ルカ。
ルカ・デバルグさんです。
11歳からピアノを始め、10代では文学を志し、
ピアノを専門的に始めたのは20歳から。
パリの名門エコールノルマルに通いつつ、
ジャズのグループでもピアノを弾く24歳。
英才の中の英才が集うこの場で、まったくの
無名の、超異端児でしたが、あまりの世界観に
聴衆を虜にし、すっかり人気者になってしまい
ました。
ルカの才能は、独自で純粋すぎる音楽の解釈と
愛情表現でしょうか。
ウディ・アレンの映画に出てきそうな人です。
2次予選の課題であるモーツアルトの協奏曲、
ルカはそれまでオーケストラと合わせた経験が
無く、ソロはうまくても、オケとの共演では
破綻さえありうると心配されていたのですが、
まさかの、超絶な名演だったのです。
http://tch15.medici.tv/en/performance/round-round-2-piano-2015-06-24-2130000300-great-ha

音楽への愛をさらけだし、弾いていない手では
常に指揮を振っており、顔がいつもどこか他の
楽器を向いていてオケパートの出番を促し、
指揮者がふたりいるような不思議な感覚ながら、
でも頼もしい求心力で、誰よりも音楽と解け合い
歴史的といっていいほどの感動を呼びました。
これは、いつもジャズを弾いていて他の楽器と
セッションで戦っているからだと、あとから
考えると納得の理由はつけられたのですが、
それにしても、これまで見たことの無いような
素晴らしい時間だったのです。

ファイナルでは打って変わって、準備不足だった
のか表情が固く、演奏も固く、ところどころで
暗譜も心配なほどでしたが、時折はっとする
新たな美しい音もありました。
2次が終わってから優勝も噂されたルカですが、
4位という結果と批評家賞の受賞は、これからの
彼の人生にぴったりだったのではと思います。
昨日のガラコンサート、チャイコフスキーの小品
「感傷的なワルツ」を詩的に、哲学的に、
この上なくお洒落に弾き、この世界への感謝と、
何かと訣別したような素敵な表情で、ステージを
後にしていました。
http://tch15.medici.tv/en/performance/great-hall-of-the-moscow-conservatory

音楽と表情だけでこんなに語り尽くしてしまう
ルカ。きっとどんな大きな舞台でも、街の片隅の
ライブハウスでも、どんな田舎の発表会でも、
小さな家のピアノでも、ルカは同じように弾く
でしょう。
言葉は無力。音楽をやっていて本当によかった。
ありがとうルカ。
なんとしても、日本でも弾いてください。


チャイコフスキーコンクールに夢中

2015-6-23

チャイコフスキーコンクールに夢中


コンクールの季節です。
ピティナピアノコンペティション予選が全国
各地で行われる6月も半ばをすぎましたが
第15回チャイコフスキー国際コンクールが
先週17日より開幕しています。

インターネット配信で全ての演奏がライブで
試聴できる時代に感謝です。
期間中はREPLAYで過去の演奏をふりかえり
観ることもできます。
http://tch15.medici.tv/en/performances/

毎日のレッスンの合間に、REPLAYで気になる
コンテスタントの演奏を観るのがすごく贅沢な
日課です。
数ある国際コンクールの中でも膨大な課題曲と
過酷な日程で知られているこのチャイコンに
挑戦される超一流の方々を拝見していると、
おこがましくも、とても元気をもらえます。
レッスンで一緒にコンクールを頑張っている
子供たちも、音楽を美しく表現したいという
気持ちは同じで、見ている向きは一緒です。
その道のずっとずっと計り知れない先にいて
なお、音楽の美しさの前にひれ伏す極限まで
真摯な、才能のある、選ばれた人たち。
その輝かしい光に、光合成をさせてもらえる
気がします。


開幕から今日で7日め、応援しているのは
浜コン優勝者イリヤ・ラシュコフスキー王子。
http://tch15.medici.tv/en/performance/round-round-2-piano-2015-06-21-1900000300-great-ha

順当に進んだ2次、シューマンの幻想曲には
号泣でした。もともと持っておられる音色の
あたたかみに私はひきつけられるのですが、
以前よりもっとまっすぐに、音楽への熱狂を
包み隠さず出しているように見えました。
私の苦手なシューマンの幻想曲、転調が多く
美しすぎるのにどこにも辿り着かない悪夢の
ような音楽に、まさしく真摯に向き合い、
お互いを受け入れ、赦し合うような。
ユンディでこの曲を好きになりかけましたが、
今度は正真正銘好きになりました。

もう一人、強烈で破格な個性を炸裂させていた
フランスのピアニスト、ルカス・デバルグさん
(と読んでよいのかわからないのですが)
http://tch15.medici.tv/en/performance/round-round-2-piano-2015-06-21-2130000300-great-ha
もはや、規格外の魅力でした。
大きな黒ぶち眼鏡、ジャケットの中のシャツも
着崩して、手足の長いジョニーデップのように
洒落た雰囲気をもちながら、髪を振り乱して
研究対象に没頭するアインシュタインのように
我を忘れ、超絶を超えた超絶技巧と音楽世界の
可能性をどこまでも追求し、身をなげうって弾く
さまは、破滅的で、心臓がばくばく鳴りました。
とにかく指が長く、小指が私の薬指の2倍は
ありそうです。でも指先はかなり細く繊細で、
しかも指神経も抜群に優れているときて、
ピアニストになるために生まれてきたような
方ですが、ピアノを始めたのは11歳からだと
プロフィールに書いてあります。ショック。

ゆうべ、家族4人で晩ご飯を食べながらこの
ルカスさんの2次を聴いていたのですが、
ラヴェルのスカルボで、みんな手が止まり
口も止まってましたよね。食欲がなくなる
演奏です。ラヴェルはドビュッシーと違い、
ものすごく緻密に計算し尽くして作曲したと
言いますが(時計職人と言われるくらい)、
その洒落た作風と研究者風情はこの方に
合いすぎるくらい合っていました。

気を取り直してライブ配信に切り替えたら、
最年少の16歳ダニール・ハリトーノフさんが
はじまったところで、かの牛田智大さんに
似たきらきらしたオーラ、颯爽と物怖じしない
打鍵、幅広い音色、超絶技巧も安定して、
さわやかな感動を覚えました。今後もますます
活躍される予感。
それから優勝候補の呼び声高いルーカス・
ゲニューシャス、誰よりも会場の歓声を浴びて
いるらしいドミトリー・マスレエフも気に
なります。
ファイナルの30日まで待ち遠しい贅沢な日々。
終わってほしくない!


ピアノひみつ道具③コンクール対策に「じこひょうかボード」

2015-6-23

ピアノひみつ道具③コンクール対策に「じこひょうかボード」


 *はじめに『ピアノひみつ道具〜練習のつらさをやわらげる処方箋』をお読みいただけると幸いです

ピアノひみつ道具③
 コンクール対策に「じこひょうかボード」
IMG_3339.JPG


■目的1:自分の課題を自分で見つける
□使用法
・目標の曲の仕上げの段階で使用します。
・本番を想定して、まずどのようなことに気を
 つければよいか、ボードの内容を一緒に確認
 します。
 ①正確さ
 ②音の美しさ
 ③拍子感
 ④明確なリズム
 ⑤テンポの安定
 ⑥バランス
 ⑦デュナーミク(強弱)
 ⑧時代にふさわしい表現
 ⑨和声感
 ⑩曲の構成(ものがたり)
 ⑪音楽を楽しむ力
 ⑫ステージマナー
・本番を想定して通し練習をしたら、ボードに
 点数を記入していきます。
IMG_3341.JPG各項目10点満点、合計120点満点が分かりやすそうです

・10点に届かないところ、弱いところを強調して
 その日のレッスンの課題とします。

IMG_3342.JPGホワイトボードのペンですばやく書いて消します

・課題がクリアできたら、もう一度弾いて点数を
 つけます。
IMG_3343.JPG

・合計点数が上がると、とても嬉しいです。
IMG_3345.JPG

・本番までに何度か評価を試み、いずれは、
 自分で採点ができるようにします。

□ねらい
・すべてが理解できなくても、このような要素が
 音楽の美しさと楽しさにつながっていることを
 なんとなくイメージすることが最初の目的です。
・これらの項目は実際にあるコンクールの審査の
 目安として提示されているものなので、いずれ
 きちんと理解し、音楽表現の重要な要素として
 整理,定着させることを目標とします。

□解説と実例
 今年もコンクールの季節がやってきました。
 ピアノを弾いて、自分が楽しいだけではなく、
 客観的な美しさを追求するコンクール。
 細かな一音一音を磨いて、なお大きな形として
 仕上げる作業は、小さなお子さんでなくても
 難しく、自分との戦いです。

 この音が美しくなるようにがんばったら、
 今度はこっちの音の注意を忘れてしまうとか、
 フレーズをしっかり歌えるようになったけど
 拍子感がすっぽり抜けているとか、
 わかっていても、意識が行かないというのは
 集中力の問題です。
 レッスンで、集中力のなさを指摘するのは
 つらいことです。「もっと集中して!」と
 先生に注意されたら必ず集中できるように
 なるとも思えません。
 私が生徒だったら、落ち込むと思います。
 うまくできない自分を追い込むだけで、
 視野が狭くなり、悪循環だと思いました。

 このボードを使い、自分で自分を評価する
 ことで、先生に言われたから悪いのではなく、
 何をどのくらい頑張ったら音楽の美しさに
 近づくことができるのか、自分の先生は、
 自分の中にもいることを気づかせ、それを
 集中の助けとすることが少し、できるように
 なっている気がします。

 ホワイトボードに書いて消す、という作業も
 子供さんたちは大好きです。
 学校の通信簿の概念のある小学1年生程度の
 お子さんから、喜んで使っています。

□自作なので、作り方
 土台は100円ショップのホワイトボードです。
 WordのようなPCソフトで制作したものを、
 透明なOHP用紙に印刷(レーザープリンタで
 出力)し、両面テープで貼り付けました。






ぴあのわ2015

2015-6-8

ぴあのわ2015


昨日の日曜日、おきらくサロン弾き合い会
『ぴあのわ』を開催いたしました。
IMG_3309.JPG
ぴあのわは、お友達のピアノの先生と合同で
特に大人の生徒さんが気楽に弾き合いっこが
できる場をと企画したもので、今年で二回目に
なります。子どもさんの参加者が増えたので
『こどもぴあのわ』を初開催いたしました。

会場はいつも素敵なフェルベールさん。
とても弾きやすく、軽くてよく鳴ってくれる
おなじみ竹田さんによる調整のピアノ。
IMG_2110.JPG

今回はお土産にそれぞれの演奏された作曲者に
まつわるカードを添えてみました。
IMG_3307.JPGベートーヴェンは、 私は運命に立ち向かう と言っています。

老若男女、ただピアノを囲んで輪になって
気楽に弾き合う会です。
あゆちゃん.JPG
最年少の女の子、

おとこのこ.JPG
最年長の男の子(息子…)、

IMG_2127.JPG
御年◯歳の人生の大先輩、

ホルン.JPG
ホルンとのアンサンブル、

IMG_3312.jpg
中年男子の連弾、

講師れんだん.JPG
中年女子も連弾、

ティータイム.JPG
メインは、ケーキタイムなので…


今年も、とにかく楽しく過ごしました。
終わって、反省材料の多さにまた一晩
落ち込みましたが、やはり私が一番
楽しかったものと思います。

音楽を誰かと共有するということには、
人智を超えたよろこびがあります。
何のために、ピアノを弾いているのか。
ほとんどの人は、ピアニストになるために
弾いているわけではなく、音楽という空気の
振動に心がふるえるからピアノを弾いている
のでしょう。
初心者の方も、上手な方も関係なく、同じ
ように心のふるえを感じており、そのふるえが
誰かと一緒に合わさることのよろこびは、何物
にも代え難く、私はそのためにピアノを弾き、
生徒さんたちとのレッスンに生き甲斐を感じ、
そのような場をつくるために生きているのだと
思うことがあります。

先日、ある尊敬する先生のお話で、
「テロリストをつくりたかったら、森の中で
誰とも会わせず、何も音楽を聴かせずに10年
暮らさせることだ」という逸話を伺いました。
音楽は、命に関わるものではないから…とは
言いますが、きっと心に関わるものなのです。

というわけで、ぴあのわに関わってくださった
すべての皆さんに心から感謝申し上げます。

参考映像:

・中年男子による連弾『剣の舞』
 中年女子による連弾『ティコ・ティコ』


・面白い曲です!ラグタイムとショパンが
 お好きな方はぜひ弾いてみてください
『ショピナータ』












ラフォルジュルネ2015のパシオン

2015-5-4

ラフォルジュルネ2015のパシオン


ゴールデンウィークはラフォルジュルネです。

毎年、特定の作曲家や時代が取り上げられて
テーマとなっていたラフォルジュルネですが、
今年は11年目ということで新たな切り口、
『パシオン』(passions)がテーマ。

フランス語の”パシオン”は英語の”パッション”
とは少し違い、苦しみや魂の叫び、愛などの
感情を意味するそうです。
サブテーマとして、恋と祈りといのちの音楽。

IMG_3103.JPG

そしてラフォルジュルネ金沢のテーマは、
『パシオン・バロック』。
バロックの一時代を築いた大バッハ、そして
ヘンデル、スカルラッティが生誕330周年。
この人たち同い年なんですよね…1685年生。

DOKYUSEI.jpg

…個人的に今年は3つ良いことがありました。
まずオープニングコンサートが開かれた水曜、
県立音楽堂交流ホールのピアノコンサートに
息子(11歳)が出演させていただいたこと。
ラフォル1.jpg
交流ホールの、真っ赤な布が敷かれた大きな
ステージはとてもまぶしく、華やかで、正直
うらやましすぎました。生意気…

彼の演奏曲は大切な曲になりました。
大バッハの次男である、カール・フィリップ・
エマヌエル・バッハの情熱的な作品で、この
エマヌエルバッハという人は非常に優れた
音楽家であり、ベートーヴェンなどに多大な
影響を与え、生前は兄弟の誰よりも成功し、
大バッハより有名だったくらいの人ですが、
この方のつくった曲『ソルフェージェット』

JINANBO.jpg

ハ短調の高速なパッセージが上り下りして
1分であっというまに終わる曲なのですが、
魂の情熱的な叫び、フランスのパシオンと
いうか、パッション!!という感じもありつつ、
練習しはじめた去年がエマヌエルバッハ生誕
300周年という大きな記念の年で(あとから
気づいた)、今年はこのラフォルのテーマが
バロックになったために幸運にも参加させて
いただくことができ、曲としての力も大きく、
息子のピアノ人生に大きな力を与えてくれた
とてもご縁を感じる曲になりました。
曲とのご縁というのが、音楽にはあります。


ふたつめは、ラフォル期間途中の金曜日。
勤務する金沢の楽器店にふらりとやってきた
(おそらく)池辺晋一郎さん(と思われる方)と
すれ違いました!興奮!
池辺晋一郎さんは、ラフォルジュルネ金沢の
アンバサダーでいらっしゃいます。
そして今まさに私と多くの生徒ちゃんたちが
レッスンで取り組んでいるコンクール課題曲
『いわし雲のうた』の作曲者でいらっしゃい
ます。

池辺さん!池辺さんでいらっしゃいますよね!
ラフォルでお越しになられたのですね!
ありがとうございます!
いわし雲のうた!!今、みんながんばって
弾いています!どんな気持ちでおつくりに
なったのですか?ほんとうにすてきな曲で
ラーラレドーシーの響きが、何度聴いても
うっとりと心に染みます。いつも新鮮な
気持ちで弾ける和声の不思議な魅力があり
”いわし弾きたい!”とみな取り合うように
弾いています。すてきな曲をほんとうに
ありがとうございます!!

と、言いたかったのですが…
(おそらく)池辺晋一郎さん(と思われる方)は
ちょうどエスカレーターの下りに乗られた
ところで、私が駆け寄って池辺さん!と
声をかけ振り向いてくださったところで、
視界から消えられてしまいました…
流れ星にお祈りするように、その残像に
向かって何度も感謝をつぶやきました。
祈りのパシオン…


三つめは日曜日。ふたたび交流ホールの
ピアノコンサート、バッハインベンション
全曲演奏を聴きにいきました。
司会進行は、バロック衣装の青島広志さん。
出演者も華やかで…息子の一歳上の同門の
先輩もおられて、彼の演奏の私はファンで、
その目的の鑑賞でもありました。
なじみの曲の華やかな音、興味深い解釈の
数々はもう、刺激をいっぱいもらいました。
青島さんは、いつ拝見してもそうですが、
音楽へ捧げる愛と知性、それを出力しようと
する情熱が尋常でないものがあります。
この時この瞬間の音楽会を必ず成功させる、
そしてラフォルジュルネを必ず成功させる、
そのためなら何も惜しまないし、それが
生きる喜びだと。
そうだ、いのちのパシオンです。

IMG_3129.JPG
青島さんのサインもいっぱいもらいました。
これをみるたび、音楽のパシオンを確認する
ことにします。




佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性④

2015-4-19

佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性④


指揮台で背を向けた佐渡さんのオーラは
全く太陽の光そのものにみえます。
自分から光を生み出す人です。
普段は程よい雲をまとっておられて、
まわりには陽だまりができるのでしょう。
警戒心をゆるやかにほぐし、正直にさせる
力があります。
そして音楽にかかるとその曇りが晴れて
全開になるのです。私たちはその強烈な
熱源を眩しく憧れてやみません。

ボジャノフがどんなにゆれても、まったく
ぶれる気配のない、ピアノの周りにぴたっと
吸い付くようなものすごい包容力。
ショパンのこの曲を何度も聴いていますが
今日初めて知った新鮮な、激しく深い感動が
からだの中に流れてしびれました。


ブラームスではずっと佐渡さんを観て聴いて
いました。背中だけでこれだけ眩しいと、
全身を正面に見た楽団の皆さんの眩しさは
いかばかりでしょうか。直射日光です。
IMG_3039.JPG今回のツアースケジュールの写真、素敵すぎます
佐渡さんは『指揮をするのも好き、音楽も
好きだけど、何よりも人が好きだね』と
以前おっしゃってたのですが、これだけの
熱源の人が熱を向ける方向がほかの何でも
なく人であるというこの状況は、対峙した
人の本質をどれだけさらけ出させてしまう
ことでしょう。
ボジャノフが音を読みとる天才なら、
佐渡さんがは人を読みとる天才です。

ブラームスの4楽章は、人間讃歌です。
佐渡さん曰く“雲が少しずつ形を変えて動く
ように自然に進み移り変わる”ブラームスの
音楽は、本当に音そのものに意志があると
いうことを説いているようにもきこえ、
ボジャノフの思考がここにもくっきりと
残ってみえました。
自然が形を変え移り変わること、人も、
音楽もしかり。
今日のプログラムの、究極の音の世界は、
佐渡さんが連れてきたボジャノフと、
佐渡さんが好きになったオーケストラと、
佐渡さんが好きになったブラームスによる
音と人間の力を信じる物語でした。

熱いフィナーレが終わった瞬間に、熱い
大喝采とスタンディングオベーション。
富山に来てくださって本当にありがとう。


さてアンコール!指揮台の上から振り向き
『兵庫らしい曲をえらびました。曲目は
ぼくからはいいません』といたずらっぽく
始まったのはなんと…
会場『ええ〜!(笑いと大歓声と大拍手)』
途中、まさかの(お決まりの?)佐渡さん
ピアニカ演奏もあり、会場も手拍子をして
皆の幸せは最高潮に。
最後の最後にガッツポーズをする佐渡さん。
いやいやそれはこちらの気持ちです、と
言いたかったです。

最高に幸せな気持ちで席を立ち、でももう
あまりきてくれないだろうな…、と切なく
思いながら、ボジャノフのサイン会に並ぶと
えっ!と二度見するほど朗らかなオーラの
ボジャノフがあらわれました。
意外!意外!こんなに人なつこそうな人だ
なんて!
IMG_3033.JPG

ペンを何色にするか一瞬悩んでくださる
ほど丁寧なサイン、すすんで握手まで。
肉厚であたたかい手でした。
あの音の悪魔性は超能力だと思いました。
私は彼の人間部分も信じます。
IMG_3037.JPG
アメージング!



佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性③

2015-4-18

佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性③


”絶対的なコントロールと、聴衆を催眠術に
かけてしまうかのような魅力を持っている…
彼は音楽家が一生かけても表現しきれない
ニュアンスをたった1小節の中に表現する”
   (米ダラス・モーニング・ニュース紙)

とはボジャノフの評のひとつなのですが、
今日のピアノ協奏曲,出だしの1小節から
まさにそうでした。佐渡さんがボジャノフに
ついて、”究極の、極限まで追求した音の
世界です”と紹介したそれは、驚くほど遅い
テンポで、全く意外なやり方ではじまり
ましたが、信じられないほど美しく、でも
あまりにも自然で、すぐに鼻の奥が熱く
なりました。
視界に入る客席の数人の方がハンカチを
取り出して目を拭っていました。
ファラ♭ーシ♭ドーからはじまる主題は
テンポが存在しないほど遅く、3つめの
シ♭の極限の弱音に心が全部持っていかれ
ました。

音と音の繫がりと重なりに極限まで潜ると、
こんな曲になるんだと思いました。
人が、同じ人の中でも、どんな場所にいるか
誰と一緒にいるかによって、性格も顔も別の
ものを使い分けているように、この曲も、
ある場面においては確実に、こういう性格を
もっていると思いました。

 ショパンではないですが、今回のボジャノフの表現に
 少し近い印象のラフマニノフです

ふつうは曲を演奏するとき、その曲の時代、
国の事情や背景、作曲家の作風や、その
周りをとりまく人々や出来事、愛用していた
楽器や当時の服装や文化などなど、楽譜に
書かれていない知識を大きなたよりとして
解釈します。それが一般的なやり方であり、
正しいとされています。

でもボジャノフは、そのような様々な知識を
排除したいのかもしれません。
どこかのインタビューかなにかで『からだで
考えて、頭で感じる』と言っていました。
頭で考えるのをやめ、純粋に音とリズムと曲
そのものが持つエネルギーを解放しようと
しているのかもしれません。
人間がつくったロボットが、考える頭脳を
もち、自分の意志で勝手に歩き始めるように、
ショパンのつくった曲の、音が持つ意志を
読みとって、音が行きたいように響かせたい
だけなのかもしれません。

ショパンが聴いたらびっくりするかもしれ
ませんが、きっと、自分の性格や時代背景
なんかは無視して、曲そのものに生命と
性格を与えてくれたボジャノフに感謝する
かもしれません。

かもしれません、ばかりの推測ですが、
実際のところ、ボジャノフの音楽は世間の
評価を二分しています。
”悪魔的な魅力!一度聴いたら癖になる”と
絶大な支持を持つ一方で、
“独自性が強すぎ、意図的すぎる”と、理解
されない面もあるようです。
たぶん、彼は別に奇をてらっているわけ
ではなく、音と会話しているだけなのだと
私は思うのですが、その超能力的能力を
信じるか信じないかで、評価が分かれる
のかなと思いました。
悪魔を信じるか信じないか、サンタを
信じるか信じないか。そのような感覚の。

しかし…テンポがゆれることゆれること。
佐渡さんの背中がびりびりとボジャノフを
観察し、オケの皆さんも佐渡さんじゃなく
ボジャノフの気配を追っていました。
音が行きたいように弾いているのだから、
ボジャノフ本人にもテンポが予測できない
のではと思いました。

ここから、佐渡さんの人間力です。



佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性②

2015-4-17

佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性②


今回のプログラムは、
 ウェーバー(ベルリオーズ編曲)/舞踏への勧誘
 ショパン/ピアノ協奏曲第2番
 ブラームス/交響曲第2番

IMG_3034.JPG

ロマン派ど真ん中の有名曲、佐渡さんも
”ごくオーソドックスなプログラムです”と
おっしゃいましたが、はじまってみると
全然オーソドックスにはきこえませんでした。

舞踏への勧誘がチェロのソロで雄弁に始まり
その後少しずつほかの楽器が語り始めますが
どの楽器も立体的にはっきりと主張して、
どこかざらっとした凹凸をつくりながら
佐渡さんのつくるバランスで有機的に活動
していました。
楽団の皆さんの表情は私の想像の3割増し
くらいに豊かでした。とても幸せそうです。
佐渡さんとつくる時間が大事で、1回1回の
ステージが大事で、1音1音が新鮮な喜びに
満ちていました。

そういえば楽団の任期の3年は中学校や
高校と同じ。これってつまり青春です。
才能ある楽団のツアー初日という青春の
一ページに混ぜていただいた幸せを
勝手に噛み締めました。


さて、ボジャノフについて語らなくては
なりません。
ピアノ椅子は非常に低く会場はどよめき
ました。いつも自分の椅子を持ち込む
そうです。子どもが座るベンチくらいの
ものでしょうか、座面が大人のヒザより
低いので、足の長そうなボジャノフが
座り込むとヒザが鋭角に曲がります。

480_img320120525203131.jpg*参考:ベルリンドイツ交響楽団との共演時画像をみつけました

ここで椅子に関する考察を。
個人的に私も椅子は低いほうが好きです。
ここまで低くはありませんが…
椅子が低いと何が良いかというと、
①重心が下がり、鍵盤を押し下げやすく
なるため、弱い音で音抜けしにくくなる
②体や腕の重みの影響を受けなくなるので
ヒジから下だけの微細なコントロールが
しやすくなる
③鍵盤に目線が近づくので、ポジションが
とりやすくミスが減る
という感じでしょうか。

椅子が高いと①〜③が反対になりますが、
②が反対になると、体や腕の重みを鍵盤に
のせられるので、大きな音が出しやすく
大きな音の中での変化も色々つくりやすく
なります。なので、大きい音で攻めたい
曲では高めにすることもあります。
また音量でどうしても劣る女性ピアニスト
に高めの椅子の方が多いような気がします。
ある著名な女性ピアニストの方の本では、
ソロ演奏のときは椅子を高く、伴奏など
共演者がいるときは椅子を低くするそう
でした。
というわけで、ボジャノフが極端に低い
椅子を使用するということには、大きな
音よりも小さな音にだいぶんこだわりが
ある!ということが予測できます。

そうしてショパンの協奏曲2番がはじまり
ました。冒頭のオーケストラ演奏を、その
低すぎる椅子に深く座り込んできいている
ボジャノフは少しふんぞり返っているよう
にも見え、まるで生徒の練習をみている
先生のようです。しばらくすると腕を上げ
ピアノの蓋から上に手をもたれかけさせて
じっとオーケストラをみていました。
これは…
私の想像にすぎませんが、オケの響きが
今ピアノにどのくらい共鳴しているのかを
きいていたのでは。
おそらく今回初めて訪れたホール、今日の
この天気で(寒くて雨でした)観客が満員に
なった今日の今の響き方を、自分の腕に
伝わる振動によって確かめている!
…と、なにも弾いていないうちから既に
予測やら想像をかきたてて興奮をくれる
ボジャノフでありました。




佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性①

2015-4-16

佐渡裕×ボジャノフの人間性と悪魔性①


佐渡裕指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団
10周年記念ツアー@富山オーバードホール
に行ってきました。
IMG_3035.JPG
佐渡さんが大好きです。『題名のない音楽会』
を観ていて佐渡さんを好きにならない人って
いるのでしょうか。
音楽家としては規格外の187センチの長身、
京都弁まじりのトークにも表情にも、そして
もちろん音楽も規格外の情熱とユーモア。
もしご活躍の場が俳優だったら、間違いなく
理想の上司の殿堂入りになる方と思います。

ピアノコンチェルトのソリストはあのボジャ。
IMG_3036.JPG
エフゲニ・ボジャノフは2010年のショパン
コンクールで4位となり、3位のトリフォノフ
とともに日本でも大ブレイクした奇才です。
その型にはまらない独自のスタイルの演奏は
審査員をうならせ、アルゲリッチは審査員で
ありながら許されていない拍手を彼だけに
送ったほどでしたが、4位という結果に満足
しなかったボジャノフは表彰式を欠席した
というエピソードが有名になりました。

独自すぎる世界観は言葉のはしばしにも現れ
Twitterではボジャノフの発した(発しそうな)
言葉を集めた“ボジャbot”があるほどです。
私もフォロワーです。

ボジャノフが富山に来ることはもう二度と
ないだろうなと思い、歴史を観る気持ちも
あって足を運びました。
会場は4階席までぎゅうぎゅうでした。
IMG_3031-3.JPG

開演時間、ステージが明るくなると、なんと
ひとりで佐渡さんがさっそうと登場。
“普通はオーケストラがチューニングして
しーんとなったあとに登場するもんですがね、
その前にちょっと指揮者がしゃべるのもまあ
ええでしょうと思って、しゃべってます”
とはじまりました。
会場拍手で、すでに心をつかまれてました。

トークではだいたい以下のようなお話を。
今回のオーケストラ兵庫芸術文化センター
管弦楽団が、阪神大震災の傷が癒えぬ兵庫で
誕生してから10周年であり、地元以外の外に
出られたのは今回が初めてで、ツアーとして
富山がその初日であること。
楽団は35歳以下の若いアーティストで
オーディションされ、3年で入れ替わる
ルールで今なお発展途上だということ。
佐渡さんは富山で振るのははじめてだけど、
それを仲良しの立川志の輔さんに話したら
大量のますずしが送られてきたこと。
ソリストのボジャノフは、佐渡さんがずっと
応援している辻井伸行さんが優勝したときの
コンクールでファイナリストになっており、
そのとき気になって、その後やはり気に入った
ピアニストで、物凄く独特だということ。
そして今日の演奏曲の解説と注目ポイント
などを、とても軽妙に話されました。

すでに心はほっこり満たされていました。
トークがあるのとないのとで、その後の
演奏の聴き方が随分変わるものです。
その少しの間、開演時間にちょっとだけ
間に合わなかった観客の方も席に案内され、
本来、一曲目を扉の外で聴かなければ
ならなかった少しの人にも、優しい配慮
だったのかもしれないなと思いました。



ピアノひみつ道具②バランスとレガートの印象づけに

2015-4-15

ピアノひみつ道具②バランスとレガートの印象づけに


 *はじめに『ピアノひみつ道具〜練習のつらさをやわらげる処方箋』をお読みいただけると幸いです

ピアノひみつ道具②
 バランスとレガートの印象づけに
 『バランスボトル』
IMG_3017.JPG透明なボトルに液体ノリと水を1:1の割合でボトルの3分の1くらいになるよう入れます。飾りに小さなビーズを入れました

■目的1:親指と小指などバランス対策に
□使用法
・左手の伴奏型、分散和音でド、ミソを弾きたい
 とします。
 小指のドを強く、親指のソは弱く弾くことで
 バランスをとりたいので
 ①左手でボトルを持ちます
 ②強くしたいのが小指のドなので左に傾けます

IMG_3018.JPG
 ③傾けたまま親指をトントンと軽く動かします
 ④その手の状態(角度)をキープしてボトルを
  手からはずし、鍵盤でも同じ動きをします
 ⑤小指のドをしっかり、親指のソを軽く弾けたら
  成功です。
  まだ親指に力が入るようなら再びボトルで
  “お水がこっち(右)に傾いてこぼれちゃうよ。
  こぼさないように親指を動かしてね”
  と声をかけ、ボトル⇄鍵盤をくり返します。
□ねらい
・力が入りやすい親指の力を抜きたい、そして
 力が入りにくい小指の力を入れたいとき、
 コントロールしやすいイメージをつくります。
・伴奏型に限らず、右手のメロディーで小指を
 きかせたいとき、また左で親指の内声を太く
 出したいときなどにも使用します。
□実例
・レッスンで伴奏型が出てくると、必ずこの
 バランスの壁が立ちはだかります。
 普通に弾くと誰もが親指を強く弾くので、
 これまではスポンジ状のものに指を沈めて
 深さと浅さを説明していたのですが、なかなか
 動きとして伝わらないことが多く苦労して
 いたものです。
 このボトルを思いつき、”こぼさないでね”
 と声を掛けるとすぐにできるようになる
 お子さんがほとんどでした。
 日常生活の動きで、ペットボトルの飲み物を
 コップに注いだり、ごま塩などをふりかける
 動作が近いようです。声がけとしてビーズの
 ”お塩をちょっとだけかけるんだよ”というのも
 効果がありました。


■目的2:レガートの印象づけの助けとして
□使用法
・一つのフレーズでレガートを美しく弾きたい
 とき。フレーズのはじめから終わりまでの間
 ボトルをできるだけゆっくり傾けて、液体の
 動きを観察します。
 “きれいでしょ、こんな感じで弾いてね”と
 声をかけて、なめらかなレガートのイメージ
 をつくります。

IMG_3019.JPG できるだけゆっくり傾けます
□ねらい
・レガート奏法の視覚的な助けの一つに。
□解説と実例
・このボトルの中の液体は、スノードームを
 手作りするときの割合です。お土産屋さんに
 よくある、ドーム状のビンに雪だるまなどが
 入っていて、ビンを振ると白く細かい紙(雪)が
 舞い散るようなあの置き物です。
 スノードームの雪は、ゆっくりと舞い降りて
 くるのが心地いいですが、正体は水にノリが
 混ざっているのでした。
 液体がゆっくり揺れるのを観賞するだけで
 癒されて力が抜け、レガートのイメージに
 近づくかも、と使い始めました。


IMG_3016.JPG 中のビーズは曲のイメージで変えても

・4歳で始めた女の子、一つ鍵盤をねらうたび
 手首をふって押し込むように弾きます。
 元気いっぱいでエネルギーが有り余っており
 言葉で何を言っても、なかなか伝えることが
 できませんでした。
 ボトルを静かに見つめることは効果があった
 ようで、その後は黙って液体の重さの移動を
 再現しようとすると、3回くらいできれいな
 レガートができてきました。
 すっかり忘れてぶんぶん手首をふることも
 ありますが、その都度ボトルで直ります。
 彼女には気持ちを鎮める目的でも有用です。


ピアノひみつ道具①つらい反復練習に

2015-4-14

ピアノひみつ道具①つらい反復練習に


 *はじめに『ピアノひみつ道具〜練習のつらさをやわらげる処方箋』をお読みいただけると幸いです

ピアノひみつ道具①
 つらい反復練習などの励みに
 『なつかしビーズコースター』
IMG_3011.JPG

■目的1:反復練習に集中する助けとして
□使用法
・つまづきやすい部分をくり返し練習するとき、
 1回弾くごとに
 ①とてもよく弾けたら『黄』
 ②まあまあ合格なら『赤』
 ③惜しかったら『白』
 ④全然だめなら『青』
 のビーズを1個ずつ動かしてカウントします。
□ねらい
・4段階評価が目に見えることで、良い色の
 ビーズを動かすべく集中しやすくなります。
・合計10回弾くなど回数を決めると飽きずに
 取り組みやすくなります。
・ビーズを動かすのは生徒本人でもできます。
 客観的に評価するきっかけになります。
□解説と実例
・小さいお子さんは反復練習で飽きやすいので
 ゲーム性が助けになればと思い使っています。
 普通にくり返し弾くよりも表情が明るく、
 燃えている生徒さんが多いです。
・私の息子は0歳のころからビーズコースターが
 好きだったので、ビーズを動かすだけで嬉しく
 10歳になっても使っています。
 1回動かすごとにリラックスできるので、
 気持ちを切り替えやすい面もあるようです。
・レッスン室の見えるところに置いていますが、
 小さい生徒さんは「あれやりたい」と指差し
 自ら部分練習に取り組むこともあります。 
IMG_3012.JPG

■目的2:ひとりで譜読みする励みに
□使用法
 新しい曲を自分ひとりので譜読みするとき、
 ①楽譜の1段目おわりまで譜読みできたら
 『白』ビーズを1個、
 ②2段目で『赤』
 ③3段目で『黄』
 ④4段目で『青』
 のビーズを1個ずつ動かしてカウントします。
 *1段ずつでなくても、1小節ずつなど状況に
 応じて小さな目標を設定します。
 *1段目を3回ずつ弾いて次に進む、などの
 くり返し練習にも使用します。
□ねらい
・楽譜が複雑になってくると譜読みがおっくうに
 なります。目標を小さく設定し、精神的負担を
 軽くして取り組みやすくします。
・『青』までひとりでできたら今日は終わり、
 など練習の目安がわかりやすくなります。
□解説と実例
・私の娘は譜読みが苦手です。新しい曲は家族の
 誰かが横で教えながらでないと全然弾く気に
 なりませんでした。これではいけない!と
 自力で読ませるものの、どれだけやっても
 進まなくてしくしく泣き出します。
 譜読みの原理はわかっているので、とりあえず
 1小節だけがんばろう、がんばったら数えよう
 というルールで、ビーズを使い始めました。
 やはりビーズが増えていくのが励みになり、
 そのうち1小節ずつ、1段ずつとだんだん
 ひとりでできるようになっていきました。
 今6歳ですが、新しい曲に取りかかるときは
 自分でコースターを持ち出してピアノの脇に置き、
 ビーズをかたんと動かして譜読みをしています。
 ひとりでやりきったことが目に見えてわかると
 達成感が得られるようです。

IMG_3026.JPGザバッと逆さにしてやり直し

■目的3:ミスカウント
□使用法
 曲の通し練習などで、ミス1回ごとに
 好きな色のビーズ1個をカウントします。
□ねらい
 自分のミスに意識を向けさせ、完成度の高い
 演奏を目指します。
 たくさんミスをしてしまっても気にせず
 カウントし、それをだんだん減らすことを
 目標にします。
□解説と実例
・特に男の子や活発な性格のお子さんに多い
 のですが、つっかえ弾きでも曲の最後まで
 行けたら満足して、はい次、と楽譜を次に
 めくってしまうことがあります。
 ちょっと待って今何回間違えたかな!!と
 ビーズでカウントすると20回などという
 ことも。
 悔しいのでこれを0回にしようというと、
 意外とはりきって集中し、その場で半分
 ほどになります。
 翌週のレッスンまで0回にするのを宿題に
 すると、だいたいのお子さんが、2回以下
 程度まではがんばってくれます。
・単純な音のミス以外にも、強弱やタッチなど
 注意点を“忘れた回数”をカウントすることも
 あります。コンクールなど本番前には”減点”
 をおもしろおかしくスリリングに数えます。


ピアノひみつ道具〜練習のつらさをやわらげる処方箋

2015-4-14

ピアノひみつ道具〜練習のつらさをやわらげる処方箋


ピアノでもなんでも、優れた技術の習得に
ついてまわることに”練習”があります。

練習、楽しいでしょうか。
正しい練習ができているでしょうか。
先生と一緒ではできたのに、家に帰ったら
できないとか、せっかくできていたのに
復習する時間がなくて忘れてしまったとか、
そもそもほんとは分かってなかったとか、
よくあります。

指導者が正しく教えるのは当然のこととして、
それがなるべくわかりやすく、なるべく
印象に残る方法で伝わると良いなと思います。
できるまで何度もくりかえす反復練習も、
なるべく疲れないように飽きないように、
常に新鮮で前向きな気持ちで取り組めるのが
理想です。良い音にもなるというものです。

人は、つらいと思いはじめたら、疲れます。
やる気と集中力が削がれるので、よけいに
できなくなって悪循環です。

 全てが上手くいってるときは、
 大して意識しないものだ
 ピンチに立たされたとき
 2倍3倍になって襲いかかってくる
 それが疲労だ
 (『スラムダンク』田岡監督の言葉より)

ピアノを学んでおられる方が、少しでも楽に、
なるべく疲労を感じないで、しかも効率的に
上達する方法があればどんなにいいでしょう。

私も試行錯誤の毎日で、うまくいくことも
あるし、いかないことのほうが多いですが、
その実験例をご紹介していこうと思います。
ドラえもんのひみつ道具のような感覚で、
最初は新鮮かもしれませんが、便利なものも
役立たないものもあり、人によっては全く
効果のないものもあると思います。
でももしかしてその中の一つが、どこかの
どなたかのお役に立つかもしれないし、
何かの楽しみのヒントになるかもしれない、
それを自分の励みとさせていただき、また
新たなものをつくる糧にさせていただければ
と考えるに至りました。

お時間がございましたらご参考ください。
レスナーの方からのご意見もぜひお待ち
しております。




花は咲く

2015-3-12

花は咲く


昨日は、3. 11でした。
今日は、3. 12です。
明日は、3. 13です。
それから3. 14と、3. 15。

4年前の、このいくつかの日付の数字は
いやにくっきりと記憶に残っています。
震災のときは東京に住んでいて、楽器店で
働いていました。
電車が麻痺したので会社から歩いて帰り、
保育園に子ども2人を迎えにいきました。
子どもたちは笑っていて、保育士の先生は
泣いていました。私も泣きました。
テレビをずっとみていました。
日付が更新されるたびに、死者と不明者の
数が増えていきました。
何かの冗談のように、原子力発電所が
白と灰色の煙をあげていました。
東京でも家の窓は閉め、換気扇は止める
ように指示がありました。
街中でサイレンが鳴り、水は飲まないで
くださいと警告されました。
計画停電の知らせが届き、懐中電灯の
補充ができず商店街を右往左往しました。
余震はしばらく毎日続きました。

被害という被害は、自分や家族には何も
ないといえる状況でした。
でも、たくさんの情報が入るそのたびに、
自分の価値観が瓦礫と同じく音を立てて
崩れ、流され朽ちていくのを感じました。


『花は咲く』ができたのは、3年前です。
大好きです。凄い曲だと思います。
作詞は仙台出身の映画監督、岩井俊二さん。
 花は咲く いつか生まれる君に
 花は咲く わたしは何を残しただろう
凄い言葉です。亡くなった人の目線で
書かれています。

作曲は仙台出身の音楽家、菅野よう子さん。
映画やアニメ界で物凄い活躍、音楽シーンの
歴史を変える程の、物凄い才能のある方です。
そんなキレキレの方が、こんなにシンプルで
こんなに美しい曲を。
日本古来の五音音階の旋律で、あたたかく
やさしく前向きな長調でありながら、どんな
レクイエムよりも悲しく、どうにも涙を誘う
和声進行。
これだけの方なので、涙を誘うハーモニーの
作り方を知り尽くしているはずで、それは
わかっていても、まんまと作戦に乗る私たち
です。多分、私たちに涙を流させるために
作られたのです。
涙は、癒しで、明日への力なのです。

一人でとつとつ弾いていて、そんなことを
思いました。

ところで、少し前から県内のレストランで
ピアノ演奏の仕事をさせていただいています。
昨日の3.11、そちらでもこの曲を弾かせて
いただいたのですが、もしかして、少しでも、
一音でも、聴いていてくださるかもしれない
方がおられる場で弾くのは、一人で弾くのと
全然違います。癒しが倍増し、力が4倍増に
なるような心持ちです。

音楽に生かされ、人に生かされていることを
確認する今年の3.11でした。





春はまだかなラグタイム

2015-3-6

春はまだかなラグタイム


寒いです。
たしかに、日照時間は増えてきました。
朝の光が明るくなってきました。
でも寒いです。
ちょいちょい雪降るの、もういいです。

春はまだかな、と思ってのラグタイムを
弾きました。


4曲からなる組曲「エデンの園」の4曲め
終曲が「Through Eden’s Gates」です。
IMG_2803.JPG

アダムとイブの、散歩なのでしょうか。
タイトルにCakewalkと記されていて、この
ほんわか明るい音楽の運びと、魅惑的な指の
配置が夢のように好きな一曲です。

聖書は詳しくないのですが、このほんわかな
音の並びからどう解釈したらいいのでしょう。
ボルコムさんの資料が日本語ではほとんど
無いので研究不足のまま、勝手に弾いてます。
ご意見、ご教授お待ち申し上げております。

IMG_2805.JPG
ボルコムラグは、あまり多くはありません。
この可愛らしい1冊の楽譜にほとんどが
詰め込まれています。宝物です。
もし無人島に1冊だけ楽譜を持っていって
よいとしたら、私は迷わずこれを選びます。
単純に暗譜しにくいし。

ボルコム作品の中でも、いちばん有名なのが
この組曲「エデンの園」の3曲め、
「The Serpent’s Kiss (蛇のキッス)」です。


参考資料に去年余興で弾いたものを。
ロックな低音からはじまり、蛇のうねる
不協和音から、足を踏み鳴らしてピアノの
ふたを叩いて、ヒステリックでお洒落。
ラグ・ファンタジーと記されているとおり
幻想的でロックで確かにラグタイムで、
しかも組曲として前後の3曲のモチーフを
大切につなげている、最高に楽しい曲です。

曲は楽しいけど、演奏は苦しそうです。
く、苦しくても、大きな包容力で笑って
くれそうなあたたかさが、ラグタイムには
あります。
ヒステリーを認めて優しく笑って、冷えた
手足をぬくめ、凍てついた地面を溶かす、
春の陽射しのような。

春はまだかな、ラグタイム。








春はまだかな、ラグタイム。



ドラマ『問題のあるレストラン』において完全に祝福されたシューベルト最後のソナタ

2015-2-20

ドラマ『問題のあるレストラン』において完全に祝福されたシューベルト最後のソナタ


木曜フジテレビの『問題のあるレストラン』
を観ています。真木よう子さん主演です。

昨夜放送の第6話、正直かなりマイナーな
しかし超絶な名曲、シューベルトのピアノ
ソナタが登場しました。
素晴らしすぎる、きっとシューベルトも
かつてこんなに素晴らしく扱われたことは
なかったであろう金字塔的な使われ方で、
ドラマでも涙、シューベルト的にも涙する
くらいピアノ界にはニュースな出来事に
なってよいと思います。
IMG_2749.JPGリヒテルのCDを愛聴しています

ドラマは不器用で魅力的でポンコツな女性達が
必死に生きる、骨太のヒューマンドラマです。
女性達の背負うものは骨太すぎてきついの
ですが、ちょっとしたリズムブレイクとか
アコースティックで軽快な音楽の抜けもあり、
人生の悲しみと美しいユーモアがぎりぎりの
隣り合わせ感で、まったく秀逸な作品です。

昨夜放送話では、様々な種類の絶望を経験し、
心が折れかけばらばらになりかけた女性達が
穏やかに結束し、いよいよこれから人生の
巻き返し、反撃ののろしがあがりそうな予感
しかないシーンで、あれ?と思うほど、
露骨にピアノの音がきこえてきました。



シューベルトのピアノソナタ第21番変ロ長調、
最晩年の最後のピアノソナタです。
トリフォノフが、以前高岡文化ホールに
弾きにきてくれた年のレパートリーです。涙

ドラマの主人公たち、それぞれの人生における
きつすぎる現実に傷つき、絶望し諦めきって、
心に分厚いふたをしてぎりぎりで生きてきた
彼女達が、少しずつ自らの傷を見つめ直し、
ゆっくり傷を癒そうとしはじめたとき、
この音が神々しい賛美歌のように、次第に
たくましい応援歌のように猛々しく、そして
美しくくるみました。

シューベルトは、31歳で亡くなりました。
病がちで、あまり友好的な性格でなかったと
伝えられていますが、彼の多く残した歌曲や
美しすぎる詩的なメロディーからは、もう
溢れんばかりの人間愛がみてとれます。

同時代に生まれたベートーヴェンを敬愛し
作曲にも影響をうけ、ベートーヴェンの死後
1年で亡くなったシューベルト。
亡くなる2ヶ月前に完成したソナタ21番は、
ベートーヴェンがあの世の声をとらえたソナタ
32番にも似た崇高さもありつつ、きびしい
現実を直視してかつ認め、不気味に協和しない
グロテスクな低音はもしかすると自らの死を
予感し、人生への訣別と、愛する人への感謝と
そして最後はこの音楽を作り出すことができた
ということそのものの祝福の歌がきこえてくる
ようです。
この曲単独でベートーヴェン死後のロマン派
音楽に大きな影響を与えたと言われています。


一人の人間の内面世界を、ここまできつく晒し
映し出し、そして癒してしまうというのは
やはりピアノという楽器が、一人だけで88個
の音を同時に操れる、最大10個の音を同時に
出してハーモニーを自在に作ることができる
という独奏形態であることに由来していると
思います。
ピアノは孤独です。
孤独だから、わかることがあります。
孤独だから、わかりあえることがあります。

孤独は、孤独に向き合った同士がわかりあう
ことでしか、癒されないのかもしれません。

物語の中で必死に生きるシューベルトと
彼女達と、ピアノの力を思い知りました。





リハーサルとホールの力

2015-2-16

リハーサルとホールの力


昨日は、来週末に本番を控えた生徒さん方、
小学1年生ガールズチームのリハーサルを、
城東音楽院ホールで行いました。

一人は、バッハコンクールの全国大会@東京、
もう二人は連弾で、今季のピティナコンペ地区
予選入賞者コンサート@金沢を前に。
どちらも小学1年女子、同じ22日の本番で、
仲良し3人での最後の調整はレッスンというか
わいわい弾き合いのすこぶる楽しい時間ですが、
控えているのはどちらも大きな本番なのです!
先生としては絶対に楽しんできてほしいステージ。

IMG_1787.JPG
先月おひきぞめで弾いた余韻を楽しみつつ。

城東ホールさんは、広くはないのですが響きが
何層にも重なるような豊かさで、大きなホールを
想定した響きの感じもしっかりイメージできる
有意義な空間でした。
IMG_1803.JPG
一人はバロックの、音の少ないゆったりした、
短調のほのかに荘厳な舞曲。拍感をベースに
どう響きコントロールしていくか、鍵の一音を
どうつくるか作戦を練って、、
デュオのふたりは、対照的に楽しくわくわくの
和声をきかせてどんどん進む曲。最近テンポを
上げたので走りすぎ、歌がなくなりかけている
ので、物語をつくったり、楽譜に色塗りしたり、
あれして、これして、、

などなどと、私がこまかくしつこく注文をする
よりも、、、とずっと思いながらいました。
IMG_1800_2.JPG
いちばん効果があるのが、この空間で弾くと
いうこと。
いつもと同じ馴染みの先生が、同じように言う
いつも馴染みの時間なのに、空間は本番のよう
だということの緊張は、私が思う以上に良い
アグレッシブな効果をもたらしてくれる気が
します。

いつものレッスンでは、おそらくは、かなり、
リラックスした彼女達ですが、コンクールに
入賞するだけの耳が開いているし、それを指に
反応させる神経と、気持ちを持っています。

このホールで繰り返し弾いて、自分の出す音に
しっかり耳を澄ませられれば、何よりも大きな
レッスンになるはず、と確信していました。
よく調整されたグランドピアノのハンマーが
こつんと弦にあたってふらりと戻り、長い弦の
おしりのほうまで鳴らした音が、壁にあたって
跳ねかえりそして減衰し消える瞬間の響きまで、
きっと聴いているはず。

私が100回言うこと以上のレッスンがこの
ホールから受けられるはずだと信じて、その
お手伝いになる言葉を探して伝えていきたい
と、時間を使いました。

そして彼女達みな、最後には一人残らず、私の
言葉の限界を超えて、はっと、じっと心に響く
音と音楽をつくってくれていました。
手前味噌は承知ですが、私が彼女達のファン
一号です。
これを、本番で出してほしいものなのですが!!

「5回に1回くらい成功しますね…」

お母様のひとりのお言葉、まさにそれです…
これが子どもということで、これが魅力であり、
可能性ですー!!


牛田智大(15歳)ピアノリサイタル

2015-1-26

牛田智大(15歳)ピアノリサイタル


牛田智大 ピアノリサイタル @ 石川県立音楽堂
コンサートホール に行ってきました。

牛田智大さんは、日本人クラシックピアニストと
して史上最年少の12歳でCDデビューを果たし、
天才的な実力もさることながら、天使のような
ルックス、乙女のような初老のような魅力ある
キャラクターまで兼ね備えたピアノ界の星として
大注目のピアニスト、現在15歳です。
我らが高岡文化ホールへワンコインコンサートに
来られたのが2年半前で、私もそれを聴いていた
のですが、本当に遺伝子レベルで別格の実力、
そしてまさに天使的アイドル性に驚嘆し、そして
満足したので、今回、そこまで足を運ばなくても
いいかなと正直なところ思っていました。
軽い気持ちで息子を誘ったら、行くでしょ、と
いうので、そうですか、とまあ、そんな感じで
ふたりで行ってきたのですが、まあ本当に、
良い意味で裏切られた、とにかく凄い、行って
よかった、いや行かなければならなかった。
とにかく素晴らしいリサイタルでした。

プログラムは

  • モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番イ長調 (トルコ行進曲付き)K.331
  • ショパン:バラード第1番ト短調 Op.23
  • リスト:「死の舞踏」~『怒りの日』によるパラフレーズ S.525
  • シューマン:トロイメライ
  • ショパン:練習曲 Op.10-3 「別れの曲」
  • リスト:パガニーニ大練習曲集より第3曲「ラ・カンパネラ」
  • ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.36

ピアノ界を代表するザ・名曲とザ・超絶しかない
ラインナップに驚嘆。そのうち超絶の難曲群は、
前回拝聴した13歳の天使牛田君からはちょっと
想像がつかない選曲。
死の舞踏、しかもサンサーンスでなくリスト。
ラフマニノフの爆弾ソナタ、しかもオリジナルの
初版でも改訂版でもなく、ホロヴィッツ編曲版。
牛田君の天使性やいかに、と思わせられつつ
2階席まで満員のコンサートホールに座りました。

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ぎりぎりの当日券で2階席に

場内が暗くなり、天使牛田君がまぶしいオーラを
まとって登場。背が伸びて、天使というより王子。
天使王子。
ピアノの前に座ると、以前はヒザを伸ばし気味に
ペダルに置いていた脚もぐんと伸びて余裕のある
角度、座り姿も美しく、たっぷり間を取って、
モーツァルト。
この方は、本当に歌の人と思います。
ひとつひとつの音色もまったく天使なのですが、
その重なり方、和声の出し方がマイルドにも熱く
指先のコントロールが秀逸。
金子勝子先生のメトードを私も毎日やらなければ
とまた思う次第でございます。
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素晴らしいメトードです

2楽章の最後の音、手首から上をぱっと上に曲げ
かわいらしく話を閉じてから、3楽章のトルコ
行進曲が鮮やかに始まった辺りから、私の中の
牛田君像が変わってゆきました。

打鍵のキレがまるで違います。
これがロシアで勉強されているということなので
しょうか、力はまるで入っていないのに沸き立つ
ような躍動感、立体感。
続くバラード1番、からだを目一杯使って低音を
響かせてはじまり、元々持っておられた理解力、
深い悲しみと重厚な内容をおなかの底でしっかり
とらえているのに加え、コーダもスピードを保ち
抜群の安定感で歌いきって、2曲目から場内は
ため息とどよめきとブラボ、ブラボーの喝采。
前半最後にリスト死の舞踏。
恐ろしい地獄の低音が無機質にはじまり、つい
さっきまでここにいた天使がいなくなったことに
なおさらな恐ろしさを醸しつつ、美しくひんやり
した音に包まれる中、次第にオクターブ高速技や
連続グリッサンドの超絶技巧を、これでもかと
見せつける悪魔のオーラ。
エキセントリックに近い世界感があり、はっと
気づいたことは、15歳になった牛田君の万能感。

これまで持て余していた大きな才能にようやく
からだが追いついて、オクターブにもペダルにも
出したいボリュームにも届きたいスピードにも
筋肉が追いついて、ピアノを弾くのが嬉しくて
たまらない。
世の中に残された偉大な音楽の数々を惜しみなく
表現できる喜びと万能感にあふれた、若い一人の
男性ピアニストとしてすっかり成長されたことを
確認して、何か涙が次々出てきました。
子供が成長してというよりも、目の前で、歴史が
動いているのを確認しているような。

後半の目玉は、私も大好きなラフマニノフの
ソナタ2番。爆弾のような曲とはホロヴィッツが
言ったらしいのですが、この2楽章がゆったり
ながらひと聴き惚れの破壊的な美しさなのです。
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何度も譜読みしては、アタッカで切れ目無く続く3楽章に
挫折してはお蔵入りになる私の楽譜であることよ

今日の最後にふさわしい名曲の名演でした。
歌の天使たる力が叙情的なラフマニノフぶしに
はまりすぎるし、ばりばり内声をきかせて響きの
立体感が半端なく、ついにきた3楽章の後半、
たたみかける胸熱の超絶技巧も万能感で駆け抜け、
そしてもう歌がうまくて、もう涙が‥。
最後の和音が消え入るのを待ちかねて、でも皆
ちゃんとフライングせずに待って、ブラッヴォー!
の大喝采でした。ああ、涙が‥。
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アンコールの前、マイクをとってお話してくれた
のですが、2年半前の鈴を転がすような天使の
声が印象深すぎて、すっかり王子の声になられた
ことにまた驚嘆。
今フィギュアスケート羽生選手の使用曲で話題の
ロミオとジュリエットも弾いてくださいました。
アンコールはおおむね天使曲でしたが、今季の
各地コンサートでは他にプロコフィエフの戦争
ソナタ、リストのメフィストワルツもレパートリー
にあり、手を緩めずに攻め続けておられる感が
楽しみでなりません。
今後も彼の成長を見続けようと心に決めました。
サインも天使でした。
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映画『グランドピアノ』と本番力の仮説

2015-1-22

映画『グランドピアノ』と本番力の仮説


本番力。
それはピアノを弾く人々の多くが欲してやまない
力。

家でどんなに練習しても、リハーサルではうまく
いっても、ステージの上で、聴いてくださる方の
前で、その人の力が発揮できなければ、まったく
意味が無い、ということは絶対ありませんが、
とにかく、楽しくありません。

本番で大失敗した場合、その後の精神がたどる
パターンとして
「本番が恐怖になる=二度と出ないと決める」
というのが最終段階ですが、そんな映画を観る
機会がありました。



映画『グランドピアノ 狙われた黒鍵』

  • 『ロード・オブ・ザ・リング』などのイライジャ・
  • ウッドを主演に迎え、コンサートの舞­台で孤軍奮闘
  • する天才ピアニストの姿を描くサスペンスドラマ。
  • 約5年ぶりに戻ってきた­ステージ恐怖症のピアニスト
  • が、謎の狙撃手に難曲をミスなしで完奏するよう
  • 脅迫されな­がらも必死で相手に食らいつく姿を活写
  • する。声だけで主人公を操る男を、『推理作家ポ­ー
  • 最期の5日間』などのジョン・キューザックが好演。
  • 観客が注視する中、水面下で展開す­る緊迫感あふれる
  • 駆け引きに熱狂する。

イライジャ・ウッド演じる主人公トムは、
ラフマニノフの再来と呼ばれる天才ピアニスト
なのですが、5年前、自分の恩師が作曲した
演奏不可能な難曲 ”ラ・シンケッテ” を舞台で
演奏した際に大失敗したことがトラウマとなり
舞台恐怖症に陥ります。

それが有名女優との結婚を機に、5年ぶりに
復帰するというコンサートが開催され、その
一日が映画の舞台です。
トムは復帰当日でも性格は復帰しておらず、
本番直前に「絶対失敗する」と指揮者にぼやき、
「こう思おう。たかが音楽だ」とたしなめられ
ます。

不安しかない神経質なステージ。その目の前の
楽譜に赤い文字で書かれたのが

”一音でもまちがえたら、お前を殺す”

トムは必死で弾きますが、次第に自分だけでなく
結婚したばかりの妻も敵の標的にされてしまい
ます。妻を守りたい一心で、演奏しながら策を
仕掛けるトム。
もう必死しかないですが、妻への思いと敵への
怒りがピークになったそのとき、トムの中から
恐怖が消えるわけです。
プログラムの予定には無かったトラウマの曲、
”ラ・シンケッテ”を弾ききり、しかもその演奏で
敵の策略に打ち勝ちます。

GrandPiano01.jpg
 *イラストと本文は関係ありません

”一音でもまちがえたら、お前を殺す”
しびれます。
映画のキーワードですが、この言葉を自分に
向けて言うことはありますよね。私もあります。
そのくらいの力が本番に求められていて、
それは滑稽なくらいです。
映画では、実際に誰か敵なる者が、トムの命を
狙うわけですが、この映画の監督自身が音楽家
なんだそうでした。劇中のピアノ協奏曲も、
難曲“ラ・シンケッテ”も監督による作曲とのこと。
きっと監督は、自身の音楽生活の中で、何度も
この言葉を自分に問うたのではと思わせられます。

この言葉で映画をつくりたかっただけなのかと
思うくらい、コメディーばりに滑稽な演出も多く
それが妙に面白かったです。

GrandPiano02.jpg
 *イラストと本文は関係ありません

さて恐怖はそれほど大きく、でもその恐怖が何か
別の大きな力にすりかわったとき、恐怖は克服
されうる、ということが言えるかもしれません。

思い出したことには、私の長男が幼少の頃、
中耳炎をこじらせて耳鼻科に通っていたことが
ありました。
いつもは私が連れて行くのに、私は数日頭痛が
ひどく寝込んでいて、夫が連れていったのです。
子供は診察では親のヒザの上に乗るのですが、
いつもと違う感触だったのか、長男がむずがり
動いた拍子に鼓膜が傷ついたか何かでとにかく
良くない状況になり、最悪の場合は、手術の
可能性もあると。
こんなに小さいのに、頭の横を切って手術する
可能性があると。
しかも、私が付き添いできなかったせいで。
頭痛で寝ている私はその状況を聞きながら
泣きそうになり、聞きおわった瞬間に頭痛が
消えました。
明らかに大きな心配にすりかわったせいです。
(その後、長男は幸運にも薬ですぐに回復し、
私の頭痛もすっかり良くなりました)


似たことが、本番での恐怖にも言えるような
気がしています。
失敗するかもしれないという恐怖は、100%
自分の中から生まれるものです。
失敗する自分に恐怖するわけです。
でも、自分という存在を限りなく忘れてしまう
ことができれば、打ち勝つことができるかも
しれません。

ピアノを弾く多くの場合には、救いがあると
思います。100%自分の表現ではありえない
からです。
ピアノ曲の多くは既に作曲者がいて、おおむね
偉大すぎる素晴らしい作曲家ばかりです。
彼らとの対話が成り立ち、力をくれますし、
ときどき憑依してくださることもあります。
それから、ピアノという生きた楽器が助けて
くれます。ピアノにも作った人の念があり、
整備した調律師さんの念があり、楽器自身も
弾き手の思いにこたえようとしてくれる子が
います。
出てくる音との対話が助けになってくれます。
ステージでもひとりではないのです。

とにかく自分という存在をできるだけ完全に
忘れ、曲という着ぐるみにくるまれ、ピアノ
というフィルターを通すことに限りなく集中
できれば、きっと自分の恐怖は小さくなって
いくのではないか、というのが私の仮説です。
これから時間をかけて検証していきます。

 *イラストは当教室デザイン部(夫)によるものです







おひきぞめ会

2015-1-13

おひきぞめ会


昨日、教室の新春コンサート「おひきぞめ」を
開催いたしました@城東音楽院ホール。

おひきぞめ表紙.jpg

新しい年に心新たな気持ちでピアノと向き合い
また仲間とともに音楽のよろこびを共有する
きっかけの一つとなればと願い、年少さんから
大人の方まで、お正月休みもばっちり練習して
きてくださった皆さんに、ばっちり弾いてって
いただきました。

城東ピアノ.JPG
ピアノはしっかり私好みに調整していただいた
グロトリアン。竹田さんありがとうございます。

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オープニングでは新年らしくシュトラウスの
トリッチトラッチポルカをお友達、というか
大学時代のピアノサークルの先輩と連弾で
弾かせていただき

演奏1.JPG
とっても可愛い人たちから

演奏2.JPG
かっこいい人たちから

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ふたごちゃんの連弾から

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名曲シリーズはフリップで曲紹介

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大人男子のショパンもあり

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まあ私も弾き

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最後はシュトラウスに決めていました
ラデツキーマーチの兄弟連弾と、皆様の手拍子で

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演奏者へのメッセージカードは、年賀状のていで

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終わって反省点が多すぎて一晩落ち込みましたが、
それでもたぶん私が一番楽しかったです!










ショパン国際ピアノコンクールinASIA

2015-1-9

ショパン国際ピアノコンクールinASIA


あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年明け早々、ショパンコンクールinASIA全国大会
@昭和音楽大学ユリホール に家族で行きました。
息子(10歳)が出場できることになったのです。
子供達と一緒の東京は3年前に引越して以来初めて
だったので、からっと晴れる関東の冬、あかあかと
照る夕陽にはしゃぐ私たち家族でした。
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さて、ショパン国際ピアノコンクールinASIAは、
”国際レベルの優れた演奏家の発掘・育成を目的とし、
優美で華麗な曲想を持つショパンの音楽をアジア地域
に普及させ、音楽文化への貢献を通して日本をはじめ
アジアとポーランドとの文化交流の架け橋となること
を願い開催されるものです”
毎年秋に各地で地区大会(1st stage)が開かれ、
年明け早々に全国大会(2nd stage)、数日後に
アジア大会(final stage)が開かれます。

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コンクールの課題曲は全国大会(2nd stage)以降、
ほとんどすべてショパンの曲です。
小学1年から大人まで皆、ショパンの曲を弾きます。
ショパンコンクールは、ショパンの曲を弾くのです。
inASIAでない世界のショパンコンクールもそうです。
チャイコフスキーコンクールやバッハコンクールは、
チャイコフスキーでない曲も弾きますし、バッハで
ない曲も弾きます。
ショパンコンクールは、ショパンの曲だけを弾きます。
こういうのは、ショパンコンクールだけのことです。
それだけ、ショパンのピアノ曲というのが特別な存在
だということです。

ピアノを学ぶ人にとって、ショパンは絶対に特別です。
他の作曲家にはない音の並び、和声、そこに配置される
指のなじみかたは奇跡的です。

今回のコンクールを観ていてずっと思いましたが、
小さい人でも大きい人でも、ショパンに対して絶対に
特別な思いを持って演奏されていることがわかります。
一人一人、それぞれの体の一部に自分だけのショパン
部屋を持っていて、そのドアから曲を解放しています。
こういうのは、他のコンクールにはないことです。
なんか、思いが強い。濃いのです。
当然のことながら全国大会になるとその熱量は倍増し
ステージから目が離せなくてドキドキしました。

2ヶ月前にユンディ・リに影響を受けた息子(10歳)
ですが、今回ショパンの曲自体が初めての取り組み
でしたので、やはり大きな音楽体験のようでした。
これまでの彼の体には無かったショパン部屋が、
練習の過程で少しずつ、一つの和音、一つのフレーズ
ごとに、ふとした瞬間には一気につくられていくのを
見ました。
おそらくショパンを弾く誰もが通る道ですが、これが
同時にピアノを生涯の友とする道への大きな舵きりに
なるだろうと確信しました。

コンクール本番、息子も多分に漏れず思いが強く出て
おそらく強すぎてか練習どおりには弾くことはできず
でも練習以上の出来で熱を帯びたフレーズもあり、
でも結果はふるいませんでした。
でも、ピアノ男子よ、おめでとう。
とかなんとか、何か気の利いたことを言いたいけれど
母としてあまり言えない、何かじんと複雑な気持ちで
ホールをあとにいたしました。
ショパンはいつでも私たちに特別な時間をくれます。

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ラグタイムでなければ(2)

2014-12-24

ラグタイムでなければ(2)


メリークリスマス、今日は雨です。
明日は雪だそうです。
昨日はくもり。その前はずっと雪でした。

北陸の冬は、とにかくまあ晴れません。
週間天気予報でオレンジなしのグレースケールが
三ヶ月続きます。
東北地方など、雪が多くてもその後晴れることが
多いそうで、太陽が雪に反射して雪焼けするほど
だとききます。
いいですよね。

大人になってから、北陸の冬を経験された方は、
あまりの日照時間の少なさに一度は参ってしまう
ことも多いとか。
子供は、わりと平気みたいですけど。
子供は自ら発光してますからね。

また既に慣れて順応済みでも、体調がすぐれない
とき、少しなんかうまくいかないとき、待ち構えて
追い打ちをかけるように日が照らなくて、じわりと
常に寒くて、部屋がどこかしら狭く感じ、真綿で
少ーしずつ首を締めるような力を秘めているのが、
北陸の冬ってやつです。

参った。降参します。
私も何かのタイミングが重なって負けを認めた
しょぼい雪の日がこの前ありまして、でも凍える
手足を縮めて車に乗り、エンジンをかけたら
この曲が鳴ってきまして、

Gardenia/William Bolcom

*音源等がなかったのでとりいそぎ自分で弾きました

大好きなボルコムのラグタイムですが、この少し
だれたような幸福感にからだも心もあたたかく
くるめられたことだ、という話です。

雪で凍える外気にさらされ、お空はちっとも
晴れないが、家に帰り着くと必要以上に燃える
石油ストーブ、あたためられた周囲が熱で僅かに
揺らいで、結露で曇った窓ガラスは冷たくなり、
でも足からじわりと温いこたつ毛布にくるまると、
幸せです。
しばらくしてちょっと元気になり、みかんでも
食べるというものです。

Gaedenia を調べたら、”くちなし”の花でした。
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ほんわかとわかりやすいメロディーに、半音階で
うねうねと美しい内声がショパンのように詩的に
かぶさっていながらこの皮肉めいた響きが何とも
たまりません。
ずっとこんなにあたたかいのに、最後は致命的に
暗く終わるのも、たまりません。

ラグタイム、とくにジョプリンの作品ではよく
植物の名がタイトルになっています。
メイプルリーフ ラグ は楓、
フィグリーフ ラグ はイチジクの葉、
グラジオラス ラグ でグラジオラスが大好きに
なりました。

思うに、ラグ全盛期は20世紀初めのアメリカで、
酒場や宿屋で演奏されていたわけなので、
日常の些末な憂さを晴らすのが役割としてあり、
普段の生活をさりげなく、でもみずみずしく彩る
植物のような存在だったのでは。

植物のラグタイムには、いわゆるクラシック音楽
における
神よ!とか
悲愴!とか
革命!とか
人生!とか
そんなような重いテーマはなくて、ジャズや
ブルースやロックのようにウェーイ!とかを
叫びたくなる熱量や、バチバチ感もなくて、
(ある曲にはたくさんありますが)
押し付けがましくなく、ただそこにいて、
世の中のどうしようもなさに共感し、でも
マーチの音型は崩さずに、日々を生きる元気と
少しのユーモアをくれるのが、ラグタイムの
持つ力と思います。私にとって。

こんな冬は、ラグタイムでなければなあと、
また思ったことでした。






わが青春のユンディ

2014-11-3

わが青春のユンディ


ユンディ・リ ピアノリサイタル@高岡市民会館に
息子と行ってきました。

ユンディ・リは、現在32歳でございます。
記念すべき2000年、世界最高権威の一つである
ショパンコンクールで史上最年少の18歳で優勝者
となったその年、私は大学生で、それはそれは
夢中になりました。
ブーニン以来15年間優勝者がなかったショパン
コンクール、生ける伝説ポリーニやツィマーマン
の最年少記録を更新した若者の、しかも史上初の
中国人で、しかも木村拓哉さんに似た端正な姿に
日本ではものすごいフィーバーが起こりましたね。
そんな私もロングバケーション世代です。
IMG_2237.JPG ▲当時のCDノーツの写真。サインはいつぞや貰いました
そのルックスのせいで不思議なアイドルまがいの
売られ方をしてしまったユンディ、という印象が
拭えないわけですが、私が夢中になったのは一応
演奏スタイルのほうでした。
正統派で何の衒いもないのに華やかでダイナミック、
物凄く美しい身のこなしと素直な歌い回し。

当時のショパンコンクールグッズを集め、毎晩
ユンディのビデオを繰り返し『スケルツォ2番』
『アンダンテスピアナートと大ポロネーズ』と
協奏曲1番まで真似して弾いていましたっけ‥
弾けないのに、友達と2台ピアノにつきあって
もらっていました。
ユンディの美しい体の使い方も、同じアジア人と
いうことで真似しやすかったのです(よく真似
している人がいたとききます)。
またアコーディオンの素地があるからでしょうか、
自然な熱っぽい呼吸がショパンにとても合っている
ように思えました。


そんな思い出に浸りながら、今日のリサイタル。
プログラムは

  • ベートーヴェン:ソナタ第14番「月光」
  • ベートーヴェン:ソナタ第23番「熱情」
  • ショパン:ノクターン第1番
  • ショパン:ノクターン第2番
  • シューマン:幻想曲

予定とは前半後半で変更になったみたいでした。
現在ベートーヴェンに傾倒しているそうで、
この挑戦的なラインナップ。


私が思うユンディの良さは、ユンディ節という
ほどの主張は(良い意味で)ないのに、ユンディ
にしかない説得力があるということ。
どんな曲をひいても、ユンディの体からは素直で
真面目で、華やかな音がします。

木村拓哉さんと似ている話がずっとありますが
その木村拓哉さんの人気の理由は、声だときいた
ことがあります。
誰でも声を出すときは、相手によく思われたくて
取り繕った声を出すものらしいのですが、
木村拓哉さんは、まったく素の喉からそのまま
声を出しているから魅力的なのだとか。

ユンディの音は、そんな感じがします。
素のオーラで、多少楽譜と違っても、ちょっと
音がはずれても、ペダルが濁っても、全然平気。
何よりも、観ているだけで美しいフォーム。
フレーズの熱量と、圧倒的なスター性。

ベートーヴェンこそ最初の固さが気になりましたが、
ちょっと、ちょっとだけです。私には。
後半ショパンにきてやっぱり、とてもしっくり。
最後のシューマン、私は少し苦手だった幻想曲。
苦手な理由がその気まぐれさ、取っ掛かりのなさで
眠れない夜にとりとめもなく次々と思い出しては
消えてまた現れる、あの悪い発想のようなもの。
精神を病んでいったシューマンのるつぼに自分も
はまっていきそうで、聴かないようにしてましたが
ユンディの幻想曲は、それにまっすぐ立ち向かい
陰なるものから救ってくれるような力がありました。
好きになりそうです。

特筆はアンコール
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アンダンテスピアナートキター!
ショパコンのあの感動再び!!
14年前ワルシャワで弾いて世界を熱狂させたあの
アンダンテスピアナート(のポロネーズ部分)!
かつて真似した動き、そのままではないけれど、
当時よりもっとたっぷりと確信に満ちた呼吸、
瑞々しく駆け抜けるフィニッシュのキラキラは
会場の誰もが目をハートにしたのではないかと!
(たぶん)

そんな熱狂的拍手にこたえたユンディが人差し指を
上げて4曲目にサービスしてくれたのは、なんと
リストのタランテラ。
度肝抜かれました。
正直、他のどのプログラムよりもユンディの今の
魅力が全開に解放された凄みがありました。
これ‥アンコール聴けなかったら‥ 大損


家に帰って、息子にピアノを弾かせたら、案の定
そっくり真似しようとしてました。弾けないけど。
血筋? 
いや、ユンディの力です。


帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(3)

2014-10-18

帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(3)


トリフォノフが終わって20分の休憩をはさみ、
チャイコフスキーの大傑作、悲愴。

妖精トリフォノフは去り、ここは完全な森。
大国ロシアの広大な森。
その生命の、残酷で美しく、あたたかく懐かしく、
どうにもならない悲しい姿。
ゲルギエフの譜面台は取り払われ、帝王が両手を
広げて完全な姿を現した、それは最終形態。

衝撃です。
ピアノなんて無力。
私はもっと無力。
完全なるオーケストラが、圧倒的な帝王の指揮の
もとで、森という生命を完全に擬態している。
森というのは私が勝手に描いたビジョンであって、
おそらくこれはあらゆる生命の擬態、人の生命で
あり、人生でもある。
太古の昔、人々が木ぎれや貝殻や動物の骨や皮を
楽器にしてこの世に音楽を誕生させて以降、
チャイコフスキーがこの悲愴を書くまでの、
一連の音楽史もぐらっとからだにのしかかってくる
感覚でした。

チャイコフスキーが人生をテーマとしてこの悲愴を
完成させ、自ら指揮をして初演したわずか9日後に
突然死亡したことから、チャイコフスキーそのもの
を象徴すると言われるこの交響曲6番。
ゲルギエフは重大な節目でこの曲を指揮してきた
というけれど、その都度、死の淵に立っているのだ
と思いました。
指揮をするたびに死を確認し、おそらくその蓄積で
彼自身が生命の完全体に到達してしまったような、
抗いようのない求心力を見ました。

4楽章。チャイコフスキーが人生の最後にみた景色と
生命体の完全なかたちとして最後には消滅する、
どうしようもない死が私たちの目の前にもあり、
涙と鼻水が落ち、喉が詰まり、脳が抵抗してから諦め、
隣に座った年配の叔父様も目を拭って、あちこちから
鼻をすする音がきこえ、ステージを正視できないまま、
最後の長い長い、長く保たれた沈黙が重く、確実に、
終わりを告げました。

アンコールは無し。

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名古屋の夜は美しく、人々は生きて歩いていて、
救われました。

帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(2)

2014-10-17

帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(2)


トリフォノフのために運ばれてきたピアノは
スタインウェイ。ファツィオリじゃなかった…

感動的な冒頭が鳴って、ついにトリフォノフの
チャイコンを直に聴く喜びに打ち震えましたね。
ピアノの出だしはそんなに出し切らず、オケと
溶け込ませ確かめているような感触だったのが、
ずっとそんな感じでずっとオケの音を聴いて、
聴いて、聴いて、オケがどんなに鳴ろうが弱音で
どこまでも攻めてくる。でも絶対に埋もらせず
通してくる、これがトリフォノフの音。

相変わらず猫背でピアノのフタに頭のてっぺんが
ぶつかるくらいだし、フォルテで瞬発的に脱力
してはイスからびょんびょん飛び上がるから
ほんとに動きが多いのだが、弾かずにオケだけの
時間は微動だにしなくて、体を丸めて無になり、
固いサナギの中でゲルギエフの脳裏と交信して
いるよう。いつも宇宙と交信しているように。

1楽章中盤から涙腺崩壊開始。
トリフォノフソロのダイナミクスと歌いまわしが
つぼにはまり、涙で視界がぼやけつつ食い入った
あと、それをそっと取り囲むあたたかな木管楽器が
立ちのぼったとき、目の前に、はっきりとした‥
言いにくいのですが、森が見えました。
まだ人間の手が届いていない、完全な自然として
残されている森。
音楽を聴いてこんなに明確なイメージが浮かんだ
ことはなく、手が汗ばんで動悸がしました。
オケは森。
トリフォノフはサナギから出たばかりの 妖精。

途中、ピアノ高音のラ♭が鼻づまりのようにずれて
きていて、でもそれが、トリフォノフのいびつな
美しさとあいまって絶妙な歪みを生み出した。
ズレさえも 味方につける トリフォノフ。

2楽章、木々の樹皮がわずかに呼吸するような静寂
からはじまり、次第に明るく空気を震わせながら、
真ん中のトリフォノフが湖で遊んでるのを見守る。
水面が甘くゆらぎ、手のひらで触れた拍子にしずくが
はねたから、調子に乗ってパチャパチャしてみた音、
ときどき天気が怪しくなって雷鳴も響くけど、
すべては森の中で完結する世界。

3楽章の舞曲、森の生命が蠢く真ん中ではしゃぎ、
踊り、歌うトリフォノフ。
木の枝に次々とぶらさがり、幹にからまり、葉っぱを
集めて散らし、坂を転げ落ち、鳥のさえずりにこたえ、
大地に身を伏せて轟きを聴き、遠くの山々を敬い、
この瞬間を喜び、いつくしみ、皆に賛辞をおくり、
最後結局またはしゃぐ。

  ようこそ、変態の森へ。

あの有名な言葉を思い出さずにいられませんでした。

ブラボー、ブラボーの大喝采。
ニッコニコのトリフォノフ。
ステージからはける瞬間まですごいニッコニコ。
本当に楽しそう。

アンコールでドビュッシーを弾いてくれました。
水の反映。
水遊びの続きをしたかったんじゃないかと思いました。

最後、いちばんの弱音を聴かせるところで、
チャンチャカチャカと携帯の着信音。
着信音。
着信音。

せっかくご機嫌で弾いてくれたのに、最後に笑顔が
曇りました。
あれは、許せなかったですね。

IMG_2188.JPG

帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(1)

2014-10-17

帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(1)


ワレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー
歌劇場管弦楽団&トリフォノフ@愛知県芸術
劇場に行ってきました。

トリフォノフ&ゲルギエフのチャイコン!
3階席までぎっしり満員のコンサートホール。

IMG_2186.JPG

今回の席は2階席左脇、ちょうどゲルギエフが
背後のトリフォノフに体を向けたとき正面に
くるビジョン。
トリフォノフ名物の顔芸は拝めませんが、割と
面白そうな角度で、ゲルギエフが登場するドアが
正面に見られる位置でした。

プログラムは、
 シチェドリン/管弦楽のための協奏曲第1番
  『お茶目なチャストゥーシュカ』
 チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番 op.23
 チャイコフスキー/交響曲第6番op.74『悲愴』
ロシア、ロシア、ロシアー!
作曲者も指揮者もソリストもみんなロシアー!

開演ブザーが鳴り、オーケストラが登場し、
わくわくのチューニングをし、ゲルギエフの
登場するドアが開けられ‥
暗がりから大きなシルエットが大股で揺れる
姿が目に入った瞬間、ものすごいオーラに
やられました。
今まで感じたことのない強烈な、大きな闇の
帝王のようなオーラ。
戦闘能力が高すぎて予測不能、スカウターが
処理の限界値を超えて破壊されそうだ。

プログラム1曲目はシチェドリン。
今回唯一の、とっても楽しい洒落た曲。
管弦楽器のあちこちでソロが入れ替わって
南米風でありビッグバンドジャズのようでも
ある、超楽しい音楽。
パーカッションが5人もいて大小さまざまな
打楽器で魅せ、他からも耳慣れない音がする
と思ったら第一ヴァイオリン後方のふたりが
弓の根元を譜面台の金属部分に打ち付けて
リズムをとっている。紳士なコントラバスも
ウッドベースばりにノリノリ。
ゲルギエフは多く動かず、そのオーラだけで
無駄なく効率的に引っ張って…
まだ本気じゃない、力を出し切らず何かに
残しているような予感。

このときの私は、そのあとやってくるチャイコ
の衝撃を予想だにしていないわけです。



おおてよるあそび

2014-10-12

おおてよるあそび


昨夜、野外演奏会で弾かせていただいてきました。
「おおてよるあそび」@富山市大手モール
IMG_2173.jpg

道路が七色の光でライトアップされ、一夜だけの
幻の公園がうかび上がる中での、野外演奏会。

外で、夜で、風吹いて、寒くて、暗い。
一定の間隔で真横に電車がとおる‥
演奏者には普段と違う 酷な 面白い状況でしたが、
県内の実力者の皆さんばかりが集って、ほんとに
皆さん素晴らしい演奏をされました。

私は先生仲間のお友達と調律師さんとの繫がりで
お声をかけていただいただけで‥
連弾2曲とソロ、ただ楽しいだけの演奏をして
しまった私たち。
でもでも、普通のコンサートやコンクールで
出会うのとは違って、通りすがりの道ばたで
どこにも所属せず、たぶん何者でもないただの
ピアノ好きとして、皆さんと共有できた時間は
まさに一夜限りの幻のように素敵でした。

最後に想定外のアンコールを無茶ぶりされたのが
ラ・カンパネラを弾いた中2の男の子。
プログラム内で弾いたときは鳥肌ものの正確さと
繊細さで圧巻の演奏(こ、このすぐあとに私たち
弾いたのですがね)だったのが、いきなりご指名
されたアンコールは、かじかんでいたであろう手で
少し弾きにくそう‥
かと思いきや、後半にきてプログラムで弾いたのと
また違う呼吸、トリルも熱く変えてきたりして、
大迫力のラスト。お見事でした‥
弾き終わった流れでハイタッチさせていただいた
彼の手は、やはりけっこうな冷たさでした!
酷だったですよ、やはり(笑)


ピアノマニア探訪/『グランフィール』展示会

2014-9-9

ピアノマニア探訪/『グランフィール』展示会


アップライトピアノに、グランドピアノの
機能を搭載するという、ピアノ史における
革命的な発明がなされたという情報を
しばらく前に耳にしていました。

  • 両者の大きな違いはアクション構造にあります。
  • アップライトピアノはタテに弦が張ってあり
  • グランドピアノはヨコに弦が張ってあります。
  • 音を鳴らす(打鍵する)とき、ハンマーが
  • キツツキのくちばしのように横運動⇄をする
  • のがアップライトピアノ。
  • ハンマーがその頭上にある弦をめがけ上下⇅に
  • 動くのがグランドピアノです。
  • 遊園地の乗り物に例えると、海賊船にゆらゆら
  • 揺れる動きがアップライトピアノの構造、
  • 垂直にのぼって急降下するフリーフォールが
  • グランドピアノの構造に近いでしょうか。
  • 速いのは、重力のある上下運動の方です。
  • 上下運動に求められるすばやさを、横運動で
  • 同じく実現するのは困難です。


この春先、名古屋のピアノ屋さんを巡って
いて、その革新技術『グランフィール』の
話になりました。
アップライトピアノのハンマーが、横方向に
弦を打ち付けた後の動きを補助する仕組み。
通常アップライトピアノが1秒間に連続して
打鍵できるのは約7回なのに対し、
グランフィール搭載アップライトピアノは
その倍の約14回。
グランドピアノと同じ数になります。

なんか、良さそうだと思いました。
このグランフィールを開発されたのは
鹿児島の調律師さんだとのこと。

か、鹿児島か‥
とそのときは思いましたが、つい先日、
“グランフィール全国展示会in北陸”
のご案内が、我が家のポストに♡
IMG_2019.JPG

というわけで先週、金沢市の松木屋さんへ
グランフィール体験に行ってきました。
結論から申しますと、非常に良かったです。
というか、なぜ今まで無かったの?

な ぜ だ !

お恥ずかしながら私自身長年にわたって
グランドピアノが持てない暮らしでした。
高校までは中古アップライトピアノ。
東京で一人暮らし中は電子ピアノ。
結婚後、実家のアップライトピアノ再び。
なので常時レンタルスタジオのグランドピアノ
がお友達でした。

家ではグランドピアノのタッチと響きの
イメージをつくりながら弾きます。
グランドピアノがなくても、それなりに
練習はできます。いろんなピアノに触れて
弾くので対応力やイメージ力がつくのは
メリットだといえなくもありません。
でも、イメージだけ鍛えられてもできない
ことがあります。
耳と、筋肉の感覚です。

広い部屋の離れた人に大声で話しかけるのと
狭く響く部屋で隣にいる人に語りかけるのと
使う耳と筋肉がかなり違うように、
アップライトピアノとグランドピアノでは、
使う耳と筋肉がかなり違います。

アップライトピアノが1秒間に打鍵できる
のは約7回、グランドピアノは倍の約14回。
この構造は、指をたくさん上げなくても
次の音が弾けるということでもあります。

連打については、アップライトピアノで
ドの音を続けて2回弾こうとするとき、
1回めのドを弾くために鍵盤を押し下げた
あと、再び元の高さまで戻さなければ、
同じドの音は鳴らせません。
戻りが足りないまま再度鍵盤を押し下げても
音抜けという状態になり、ミスタッチです。
それがグランフィールやグランドピアノでは
1回めのドの鍵盤を押し下げたあと、半分
くらいの高さまで戻せば、次の同じドの音を
鳴らすことができるのです。

違う音をなめらかに弾くときも同様です。
弾いている指と弾いていない指の高さの差が
少なければ少ないほど、指を高く上げなくて
すみます。
音のつながりがより密接になるわけです。

指をたくさん上げなくても弾けるピアノと
指をたくさん上げないと弾けないピアノ。
音抜けしないよう常にしっかり弾いてしまう
ピアノと、ゆるく軽く撫でるように鳴らせる
ピアノ。
音と音の間に超えられない隔たりがある
ピアノと、密接に重なり合うピアノ。
グランドピアノで、より自分の心に近しく、
自然に近い状態で音楽を鳴らせるのは、
素敵なことです。

鹿児島から来られた、グランフィール開発者
藤井さんにお話を伺いました。

  • 住宅事情やいろんな理由で、アップライト
  • ピアノしか持てないけれど、すごくピアノを
  • がんばっている人が大勢います。
  • 昔は高校生くらいでやっと弾いていた曲を、
  • 今はコンクールなんかで中学生や小学生の
  • 子達が弾いていますよね。
  • チェルニー30番になったら、グランドピアノ
  • でなければ限界がくると言われているけど、
  • チェルニー30番なんて、今何歳の子が弾いて
  • いますか。ほんとに小さい子達です。
  • グランドピアノを持てる環境に恵まれた子達
  • だけがどんどん先へ行ってしまうのです。
  • やっと、グランドピアノを弾くための練習が
  • できる、アップライトピアノができました。
  • グランドピアノのほうが、弾いていて、
  • おもしろいでしょう?

本当によくぞつくってくださいました。
今あるアップライトピアノにも、20万程度で
取付ができるそうです。
実際に拝見できる機会がこれからもっともっと
増えますよう、私も地方から応援しております。



ピアノコンクール(3)

2014-8-10

ピアノコンクール(3)


緊張の夏、コンクールの夏。
今年のピティナコンペティション、先週は
日本各地で本選が行われていました。

私の周りでは生徒さんのお二人がデュオで
京都本選へ。我が子二人は北陸本選へ。
結果は‥悲喜こもごも。
若干、悲しいほうが多かったかもしれません。
でもそこまでの過程は、かけがえのないもの。


娘の話です。
娘は5歳で、幼く無邪気に期待していたような
結果に届くことはできませんでした。
コンクールはおろか、舞台で弾くこと自体が
初体験だった今回。
最初の結果は、信じられないほど嬉しい初体験。
次は悲しくて、悔しくて、みじめな初体験。
初めての娘の顔が、たくさん見られました。

こんな頃から競争世界においていいものかなと
思いつつ、こんな濃い経験を積むことができる
のはいいものだなと思いつつ、親としましては
本人が落ち込んでいるので、慰め励まして次に
向かわせないといけません。
慰めの言葉を尽くし、帰りの車で疲れて眠って
起きてソフトクリームを食べ、すっかり普段の
陽気な状態に戻りました。食いしん坊万歳。
雨上がりの大きな虹まで出ました。
おまけの二重でした。

photo1-4.jpg

車を運転して、前方の夕空を大きく横切る虹。
こんなに眩しい虹も珍しいな、いつか見たっけ
とぼんやりし、慰め疲れたので少し思考停止を
決め込んだところで、助手席の娘が言いました。

  ママー、ピアノってすき?

‥‥ふーん、それを聞いてくるか、娘よ。
今。

うん。好きみたい。とゆるく答えました。

  なんで? 

‥‥‥私、試されているのか、と思いながら、
何かうまいことを言わなくちゃ、しかもこの
幼い彼女にわかる言葉で? と思いながら、
だめだ、もう言わなくちゃ。
咄嗟に、うーん、うめちゃんみたいだから?
と答えました。


うめちゃんは、近くの実家で飼っている犬です。
うめちゃんは、芸も何もしないし時々トイレを
失敗するし、身内以外の人や物音に過剰に吠え
ひどいときには噛み付かんばかりに飛びかかる
こともある、若干やんちゃな歳も過ぎた5歳の
女のこですが、私たち親子には大人しいのです。
じっと顔を見ては手や顔を舐め続け、気持ちを
通わせているていでの付き合いです。

動物は何も語りません。
でも、すごく通じている気がします。
一緒にいると、一人じゃない感じがします。
その体温に触れると、とても安心します。
触れた手に、向こうから何かしてくれると、
とても幸せな気持ちになります。
言葉がなくても、返事をしてくれているような
生き物としての通い合いがある気がします。


娘には、うめちゃんがおへんじしてくれる
みたいなかんじが、ピアノをひくとするから、
と答えました。

  おへんじ、うふふ。ふーん。

じゃあそっちはどうなのよ、と聞いたらば、

  ピアノをひいたら、なかみのほうの、
  くろくてしかくいのが、ぽこんって
  あがるでしょ。
  それが、かっこいいから!
  なかみが、いちばんすきなんだ〜

ふーん(笑)

ダンパーが上がることを言ってるのですね。
グランドピアノの譜面台のすきまから見える
ダンパー、私も大っ好きです。
ハンマーは、もっと好きですけども。
集めてます。

好きになる理由は、いろいろですね。
考えれば理由はいくつでもあるように思えます。
でも好きなことというのは、思考停止な世界で
言葉のない状態で好きなものですよね。
そう言葉にし、確認している次第であります。

ともあれ、このようにして今年のコンクールの
夏が終わりました。
終わってみれば、今年も楽しかったです。


ピアノコンクール(2)

2014-7-5

ピアノコンクール(2)


さて、コンクールというのは、コンクールで
なければ体験しえない大きな力を与えてくれる
ことがあります。

それはちょうど“精神と時の部屋”に似ています。
漫画ドラゴンボールをご存じでしょうか。
主人公の悟空たちが強敵と闘うため神の神殿の
最下部にある異空間、“精神と時の部屋”で修行
をします。
そこは真っ白で何もない空間であり、1年分の
時の流れが通常世界の1日に相当します。
一度に2人までしか入れず、重力は地球の10倍、
空気は地球の4分の1、気温は50℃から-40℃
まで変化し、しかも真っ白で気が狂いそう、
という過酷な環境で、2年分の修行をしてその
部屋から出てくると、劇的な成長を遂げている
のに実世界は2日間しかたっていないというわけ
です。

コンクールの場合、定員2名の過酷なこの部屋に
入るのはたいていお母さんになります。
講師は週に一度ほんの数十分、修行の進捗を
確認し次の修行の指示をするだけで、部屋の中で
一緒に汗を流すことはできません。

1日で矢のように過ぎ去る24時間のうち、少しの
時間を見つけては集中して練習をします。
自分に欠点があれば探し出して修正し、負荷を
かけて部分練習をし、うまくできるところはより
良くなるように磨き上げて、その繰り返しです。

コンクールまでの数ヶ月間、濃密な修行を終えて
部屋から出ると、いざ本番が待ち受けています。
お母さんと離れ、誰の助けも借りずに一人で
闘いの舞台に立ちます。
厳しい審査の目に晒され、力を出し切ることが
できてもできなくても、いよいよ最後にはその
結果を受け取るというイベントが待っています。

結果を受け取った瞬間、昨日と今日の景色が
まったく違ってみえるほど、新しい自分が
出来上がっていることに気がつきます。

凄いと思うのは、これが5歳の子供でも大人でも
同じということです。
コンクールを受ける人がおそらく皆、マイ精神と
時の部屋を持っていて、それぞれのペースでそれ
ぞれの修行をしてやってくる、残酷にもそこから
審査をし、結果というものがつけられ、それは
どうしようもなく変えられないものですが、
部屋の修行がどんなにその人を強くしたか、
審査員は知りません。
結果は客観的なものであり、その人の変化は
主観的なものです。
コンクールは、その主観的な部分にこそ大きな
意味を持つものだと最近思うようになりました。

漫画ドラゴンボールでは、”精神と時の部屋”に
入れるのは生涯で二日間だけと決まっています。
コンクールは毎年あちこちで開催されます。
力をつけたいと思えば、いつでも部屋に入って
修行をすることが許されています。
もちろんこんな過酷な修行は嫌だ、音楽を楽しむ
のと審査は相容れないし、真っ白な空間なんて
気が狂ってしまう、という人もおられると思います、
私もとても共感する部分もありますが、音楽を学ぶ
一つの形として、また幼い頃から大きな人間的成長
をもたらす修練の場の一つとして、コンクールが
機能しているということに間違いはないと思います。

さて今、母親としては2つの”精神と時の部屋”を
かけもちしております。
先日の高岡地区予選で、1つはラッキーなことに
最良の結果を得ることができてひと区切り。
もう1つはまだ修行の真っ最中でドア閉切です。
講師としても素敵な生徒さんに恵まれ、高岡地区
ではそれぞれの形でそれぞれの頼もしい成果を
見せていただき、お母さん方の努力に感動し、
また共感し、晴れやかな気持ちで終えることが
できました。

一区切りはついたものの、完全燃焼はまだ少し
先にあります。
心配しながら焦りながらもわくわくしている私は、
やはりコンクールが好きなのです。

ドラゴンボールも大好きです。





ピアノコンクール(1)

2014-7-5

ピアノコンクール(1)


先の週末、ピティナ・ピアノコンペティション
高岡地区予選大会が開催されました。
会場は高岡文化ホールです。
私はピティナ高岡支部運営お手伝いと、コンペ
参加の教室生徒さんの応援と、母親として娘の
演奏の付き添い補助で、濃く長く、そしてあっ
という間の二日間を過ごしました。

photo2.jpg

音楽のコンクールというのは、昔から賛否ある
ところです。芸術に点数をつける必要があるのか
順位を決める意味があるのか(いや、ない)
という見方も、全く正しいと思いながら、私は
コンクールが好きで、見るだけでもわくわくして
参加すると完全燃焼、燃え尽き症候群がお決まり
です。

とくにこのピティナコンペティションには、自分
が参加していた当時の青春が詰まっていて、思い
入れがたくさんあります。

大学の頃はピティナ本部でアルバイトをしました。
今をときめくピアニスト辻井信行さんが小学六年
でC級全国優勝する年には、辻井少年の受ける
地区予選会場のスタッフとして働いていました。
その日は誘導係という、演奏直前の参加者の隣に
待機し、出番のタイミングで参加者をステージに
押し出す係で、ちょっとした緊張の役回りでした。

辻井少年は自分の番のずっと前から会場の人の多さ
か何かに落ち着かない様子で、誰かの弾く大きな音
に驚いたり、時々ふと小さく何かつぶやいたりして、
スタッフとして隣にいた私を少し不安にさせました
が、そのあとの彼の演奏から紡ぎ出された音楽は
今も、忘れられません。

課題曲はバッハとシベリウス樅の木でした。
それまで聴いたことのない、この世のものとは
思えないほどあたたかな音色がこぼれおち、
会場は金色の粒が降ってきたような暖色の光に
包まれて見えました。どこまでも無理のない自然な
タッチは風にそよぐ植物のようで、どこか別世界で
私たちには見えないものを見て、聴こえない音を
聴いている人なんだろうと、切なく思いました。
これ、六年生のコンペだっけ…と目眩がしたのを
覚えています。

あまりの衝撃に、予選が終わって会場を後にする
お母様に声をかけました。
ほんとうに素晴らしかったです。
穏やかな笑顔のお母様は、“昨日まで熱があったん
ですよ、とりあえず無事に弾けてよかったです”
とほっとした表情で、でもとても気さくに話して
くださったものです。

すっかり話がそれました。


最強、ラン・ラン!

2014-4-25

最強、ラン・ラン!


自然に勝るものはないといいますが、この人、
絶対自然児のピアニストです。
大きすぎるスケール、奔放すぎる音色、陽気
すぎる笑顔。
表現力、テクニック、人間性、たぶん全部が
桁外れの魅力、才能。
名称未設定.png

ラン・ランのリサイタルに行ってきました
@愛知県芸術劇場。

  • ラン・ラン(郎朗)…五歳で地元のコンクール
  • 優勝以来、天才ピアニストとして注目を浴びる。
  • オバマ大統領ノーベル平和賞受賞コンサート、
  • 北京五輪開会式、日本ではのだめカンタービレ
  • 映画版の上野樹里演じる野田恵の全ての演奏
  • 吹替を担当したことで知名度を上げる。世界の
  • 若手有力ピアニストの筆頭。

三階席まである1800席のコンサートホールは
ほぼ満席。チケット手配に出遅れてめぼしい
座席が残ってなく、ステージ背面席へ。
角度があるのでステージを見下ろすのに心地よい
長机が配置されており、このようなビジョンに。
photo1.jpg
何かに似た感覚…そうだ、体育館のアリーナ席。
割れんばかりの明るい拍手がスカーンと天井に
拡がる目下、ランランが登場。
プログラムはモーツアルトのソナタ5、4、8番、
後半はショパンバラード全曲。

モーツァルト、こんな濃厚なのないです。
ギャッと強いフォルテの直後に異常に甘やかな
ピアニシモ、ルビンシュタインの流れらしい
独特のルバートで時間を奔放に引き伸ばしては
縮め、ぐいぐい引きこむ魔力。耳慣れた8番冒頭
Aマイナーコードの連打と左足を踏みならして
リズムを取り、ジャズ奏者かロッカーかと。
後半のバラードは1番冒頭のフレーズでCの
ユニゾンをドカーンと鳴らしてそのままペダルを
踏みっぱなしCがフレーズ最後の♯Fよりも深く
残るなんて、沸き立つような驚き。
打鍵も自由奔放、見たことのない離鍵の角度と
その残響の迫力、当代随一のヴィルトゥオーゾは
かくなるものか、どんな超絶技巧も嘲笑う余裕を
持ちさらにもっともっと速くしながら全く崩れず
魅せる表現欲。そしてとにかくからだが柔らかい!
女性以上にしなやかで際立った弱音の美しさ、
ふくよかさ、万能。
最後まで鳴らすものは鳴らす、聴かせるものは
聴かせる、ランランの音づくりは随所で音を足し
たり、はたと休符があったり、グリッサンド並の
滑らかな高速弱音スケールがあったり、テンポも
もう自在で目も耳も離せない手に汗握るジェット
コースター、世にも美しく楽しいお化け屋敷。
たぶん即興でやっている部分も多いのではないか。

アンコールは三曲。
ショパンの華麗なる大円舞曲、ポンセの間奏曲、
モーツァルトのトルコ行進曲でした。
トルコ行進曲、キターー!です。ヴォロドスか
ファジルサイか、爆弾アレンジのトルコがいつ
始まるかと心震わせて待ちましたが、なかなか
どうして最後までノーマルなトルコ行進曲。
だけど彼にかかると全然ノーマルじゃない!
音は変えてないのに、物凄い爆弾!
アレンジなんて僕にはいらない、と一蹴された
気がしました。

楽しくて楽しくて、ピアノの楽しいオーラが
ホールに充満して、前半後半とも熱いブラボーが
飛び交うスタンディングオベーション。
陽気なランランは拍手のたび手の甲を客席に
ひらひらと振りかざして拍手を煽る。
ここまで皆が熱狂する陽気な天才は、かつての
モーツァルトかフランツリストか、はたまた
“笑っていいとも”のタモリさんか、とにかく
歴史に名を残すスーパースターであることには、
間違いないです。

小学生か中学生かそのくらいの時期、クラスや
学年を越えて、学校全体の人気者っていうのが
いました。やんちゃだけど何をやってもなぜか
ずば抜けて、注目されて、先生も一目置く、
誰からも愛される人。
体育館のアリーナ席で頬杖をつきながら、そんな
やんちゃな男子が体育館の真ん中でこれでもかと
芸を繰り出していくのを見ている私たち、全員が
とにかく無邪気に楽しくて仕方ない、懐かしい
放課後のような気持ちにさせられました。
そういえば、ピアノリサイタルでは必ず睡魔に
襲われているエリアがあったりしますが、
今回は見渡す限りなかったです。

ピアノって本当楽しいよ。
それを伝えるのに、たぶん今のランランに
かなう人はいないのではないか。
誰よりもピアノの楽しみを追求した結果、
常人が到達できないところまで行き着いて
そこにいたピアノの神様に誰よりも愛されて
しまった、自然児ランラン。きっとそうです。



ピアノマニア探訪/輸入ピアノと国産チェンバロ

2014-2-12

ピアノマニア探訪/輸入ピアノと国産チェンバロ


念願のファツィオリに会った翌日。
仲良くしていただいている会社員時代の先輩が
フルート吹きなので、再会がてらピアノのある所
で一緒に演奏して遊んでもらおうと、江戸川橋の
輸入ピアノ店・ピアノパッサージュさんへ。

こちらのピアノスタジオでは、名器グロトリアンを
弾くことができます。
グロトリアンと会うのは、一昨年の浜松以来2回目。
スタジオにあったのは、浜松で弾かせてもらった
のとあまり変わらない、新しい時期のものでしたが
浜松では広い展示スペースに置いてあったのが、
今回は8畳のスタジオ内。
ずいぶんと印象が違いましたが、やはりスカーンと
澄んでクリアな明るさ、深みも無限なグロトリアン
の音色。
grotrian1.png

フルートと音の質を合わせるのは、私にはすぐには
難しかったです。そもそもシンプルな素材勝負で
飾り立ててくれないので、実力以上の音は出して
くれません…
でもそれが大きな魅力で、クラシックもジャズも
どんな曲調のものでも出したい音を出してくれる
というので、ここでレッスンされている先生も
お気に入りなのだそうです。
私もレッスンに通いたいです。上達しそうです。


展示ピアノも、あれこれ見せていただきました。
CB-B116-11-223x167.jpg
ベヒシュタインのアップライトピアノ。
ロゴが通常の「C.BECHSTEIN」とは違い、
C. がつかない「BECHSTEIN」のものをはじめて
触りました。
弦の張り方などあたらしい製法なんだそうです。
ベヒシュタインのアップライトというのは、
以前弾いたときびっくりしましたが、本当に
性能が良く、目をつぶるとグラントと錯覚する
くらいです。タッチ、強弱の幅の広いこと。
デジカメでいうなら画素数が桁違いに多いです。
ペダルも薄くモダンな珍しい形。
シンプルで超おしゃれ。

CB-MP1922-310x415.jpg
通常のC.BECHSTEINのグランドピアノ。
私が通っていた大学のホールには、戦前の骨董品
レベルのベヒシュタイングランドが置いてあり、
この同時期のグランドピアノも触らせていただき
ました。よく似ていて懐かしかったです。
大学にあったものは消耗が酷く、すぐ音が鳴らなく
なったり尋常じゃなくずれたりして私たちを気持ち
悪がらせましたが、その不完全さが自分たちと
似ているとも言え、とても愛着があったものです。
私の母は、歳を取るごとに思ったことをすぐに
口に出すようになりましたが、そんなような
ストレートすぎる性格のピアノでした。

今回いちばん心ひかれた、箱形チェンバロの
スピネット。52鍵。
photo-8.jpg

チェンバロは弦をはじくだけのしくみなので
タッチで強弱が変えられないわけですが、
鍵盤の高音部と低音部にある銀色のツマミを
引くと、中のアクションが変わってリュート
というギターにそっくりな音色に変わります。
ちょうど長男がバロックの曲を練習していて、
ちょうどこのリュートのしくみについて勉強
していました。本当に見事に音色が変わって
面白いです。
52鍵なので弾ける曲は限られますが、思いの
ほか豊かな、味わい深い音色。チェンバロと
いう楽器にこれほど魅力があったから、今の
ピアノ文化があるわけで、豊かな人智の歴史
に思いを馳せて幸せな気持ちになります。
お値段もお手頃、これはいつか手に入れたい。

こちらはもう少し大きなスピネットで、日本で
今も活躍されている久保田彰さんの作品。
photo-9.jpg

とても美しい造形、木そのものの鍵盤。
私がチェンバロに惹かれる理由が、自分で簡単に
調律ができるところなのですが、このスピネットは
調律や修理が個々でしやすいように工夫がされて
いるそうなのです。弾いている場所からも、弦を
はじく部分をよく見ることができました。

弦を支えているピンが、日常よく見かける六角ネジ
くらいの小さなもので、くるっと回りそうです。
ピアノのチューニングピンは、ごついですよね…
私がかつて調律の勉強をしていたことで、周りの
人から時々自分で調律できていいね、と言って
いただくことがありますが、正直できません。
未熟にピンを回すとすぐに狂ってしまうのです。
狂ったたび直していては持たないくらい難しい
世界です。方言で言うと調律なんてようしません。

でも、チェンバロはいいな。
楽器の構造と状態を分かって演奏することは、
演奏者と楽器がより親密になるということで、
より原始的な表現手段に近くなると思います。
音楽が歌うように、踊るように。

指先だけでたくさんの音を操ることができる
鍵盤楽器は、知的に洗練された機能を持った
優秀な道具であり、便利でお得だといえますが、
機能が複雑な分だけ、そもそも楽器を鳴らすと
いうことが分かりづらく、たとえばよく指が回り
ミスをしないことが凄いというような、機械的
頭でっかちな状態になることもある気がする
わけです。
というわけで、私が好むピアニストの傾向は、
この洗練された機能を理解しながらも、原始的
本能的情動も兼ね備えている方たちのようだ
ということが、長々と思考する中でわかった
結論でした。

満足したところで、もう一つ。
昨日のガス圧式ピアノ椅子の、お手頃品をみつけ
ました。
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昨日の10分の1くらいの価格で、本当に現実的検討!

そういえば昨日の吹雪は嘘のように温かな、いかにも
冬の東京の日差しと、それから温かなパッサージュの
皆さんでした。出会いに感謝です。
ファツィオリも夢だったかもしれない。

ピアノマニア探訪/ファツィオリ

2014-2-10

ピアノマニア探訪/ファツィオリ


45年ぶりの記録的大雪となったその土曜日の東京に
家族をおいて一人行っておりました。
大学時代のゼミOB総会に参加する目的でしたが、
空いた時間、生涯一度は触れておきたかったピアノに
会いに、港区田町のピアノフォルティ(株)さんへ。

FAZIOLI ファツィオリ・ショールーム
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世界で最も贅沢なピアノと言われるファツィオリで
ございます。
設立1981年、私と同世代ですが、いつだったか4本目
のペダルが開発されたという情報で、その名前を知り
ました。
2010年ショパンコンクール、翌年チャイコフスキー
コンクールでも公式ピアノとして採用され一躍注目を
集めましたが、一緒に有名になったのがその両方の
コンクールでファツィオリを弾き大きな結果を残した
ダニール・トリフォノフ。
彼の日本初リサイタルからサポートしているという
ピアノフォルティ(株)さんは、ファツィオリの日本
総代理店です。

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あ り ま し た

トリフォノフお気に入りの一台、中には名立たる
ピアニストのサインが。
ヒューイット、ホロデンコ、ルビャンツェフ、
トリフォノフ…
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代表のアレックさんは、実はアマチュアピアニストで
PTNAコンペティションのシニア部で優勝されたり、
ジャズサックスにも熟達しているという音楽家。
緊張しつつもトリフォノフのお話を伺ってみると、
おー、ダニール。友だちだよ。とiPhoneを取り出して
貴重な動画や直筆メッセージを惜しげもなく次々と
見せてくださいました。とても気さくな方です…!

北陸では小松に小さめのファツィオリを弾けるホール
があるのですが、うちの長男は弾いたことがあるのに
私は弾いてない、残念だというと、アレックさんは
肩をすくめて同型のピアノを指差し、どうぞこれを
弾いてください、何なら動画撮りますよ!とまで。
動画は遠慮しました…

ショールームには他にも2011年ショパンコンクールで
実際にステージにのぼったそのもののピアノをはじめ
全ての機種が展示されていて、本当にすみません、と
思いながらも、全て弾かせていただきました。
指が…
自分の指が別物になったような初めての感触。
まず全ての機種において、整備がマックスの状態で
完璧に行き届いているであろうことがわかりました。
これまでいくつものショールームや展示場に出かけて
きたつもりですが、こんな経験はありません。
息が詰まるほど美しい世界観。
撫でるだけでとろけるような音がこぼれる、ごく軽い
タッチ。
音は素直で明るすぎず暗すぎず、高音から低音まで
深い気品のあるあたたかな響き。
この上ない天上のバランス。
ああ、言葉は無力。私の演奏も無力。

夢のようなピアノ談義と、イタリアのエスプレッソ
をいただきながら、うちには1年前にご縁があった
BOSTONがいます、というお話になりましたが、
おー、タケダさん?富山なら。なおひろさん。
よく知っています。とうちでお世話になっている
調律師さんの名前が。
世界が狭いというのは本当かもしれなかったです。

なかなか、教室や家庭で簡単に弾ける部類のピアノ
ではないわけですが、何か罷り間違っていつか手に
入れられることがあったら…
憧れの域を出なくても夢は膨らんで、ショールームを
出ようとしたとき、
「あ、これも見てってください」

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ガス圧式のピアノベンチです。
イスの微妙な高低を決めるのにハンドルをぐるぐる
回さなくてよいのは、手首の負担もなく何よりも
スマート。
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目盛りがついて微細な調節も可能。
左上の丸いハンドルを半回転もさせず、ゆっくりと
音もなく上下します。
ちょっと高機種の電子ピアノが一台買えそうなお値段
ですが、こ、これなら、家庭にもいつか…

現実と非現実を思いながら外に出ると、都会の街を
真横に滑走する吹雪。黒いコートは一瞬で真っ白に。
ちょっと、忘れられない日になりそうな予感がしました。



新年、演奏の記録

2014-1-19

新年、演奏の記録


新年を迎えて半月が過ぎ、真新しかった『2014年』
の響きにもだいぶん身体が馴染んでまいりました。
みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。

お正月、子ども達は書き初めが宿題です。私の母が
長年、書道を嗜んでいるので、こんなときはいつも
母の家。
久々に私もだるま筆を持って書きました。
小学三年の課題『正しい心』をですね。

とめ、はね、はらい。
力の入れかた、角度。
墨液の量。
線を描くスピード。
角を曲がるときの溜め。
呼吸と、墨池で筆先を揃えるタイミング。
全体、四つの字のバランス。

考えながら、いや、考えないようにもしながら、
すごく集中しました。
一点でも気にいらないところがあると、気にいる
まで書きたくなります。
何枚書いても結局、一枚目がいちばんよかったり
してね!

今年は例年になく、雪のないお正月でしたが、
墨の匂いのたちこめた部屋で、ちょっと熱い気持ち
になるひとときでした。



さて、書道は音楽と似ているといいます。
身体の使い方、頭の使い方、心の使い方、どれを
とってもそっくりです。

でも書道が羨ましいと思うのは、作品がそのまま
残ること。
音楽は瞬間芸術で‥音が消えたらそれでおしまい
です。切ないですね。

でも近年、簡単に記録ができるようになりました。
墨の芸術が紙に染み込んだ書には及ばなくても、
それを写真で撮ったくらいの感じでは、記録ができる
わけです。
ポケットのデジカメで、どこまでも薄くなるiPadで、
いつも持ち歩いている携帯電話で、思い立ったらすぐ
録画ボタンを押すことができます。
切ながってばかりはいられません。

というわけでここ数年、自分の練習中に思い立ったら
すぐ録画ボタンを押します。
それは音楽芸術として残したいからではもちろんなく
自分の演奏を画面越しに視聴することに、かなりの
練習効果があるからです。
からだの動き、指のフォーム、音のバランス、打鍵の
荒いところ、フレーズの歌い方、休符の響き方、、
弾いている最中に意識が行かないことを、いろいろと
確認することができます。
本来は画面で観ずとも演奏の最中に分からなければ
ならない!
ともいいますがそうなるための過程において記録する
ということは有効な手段と言えるでしょう!

また仕上げた演奏は、成長の履歴、努力の証として
残していくことができます。
あんなに練習したあの曲、今私の手には見る影も無い。
そんなときも記録が残っていれば、励みになります。
そしてまた同じ曲に再挑戦するとしたら、きっと昔の
記録を超える演奏が、短期間でできるはずです。


というわけで、レッスンの中でも生徒さんに記録する
ことをお勧めしています。
目標としている曲が形になったらレッスン室でそのまま
録画し、YouTubeの教室アカウントで限定公開します。
限定公開は検索などには引っかからず、直接アドレスを
入力する等してリンクに飛んだ人にしか見られない機能
なので、いつでも自分だけの動画で持っておくことが
できます。
楽しいですよ!私が!

なお私の演奏記録は一部を公開しております。
新年、楽しいラグタイムを弾きました。







教室看板

2013-12-26

教室看板


教室看板を新たにつけてみました。

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教室は古い住宅地にあり、はじめて来ていただく方
に非常にわかりづらく、心苦しかったのです。
これでも、わかりづらいことに変わりはないような
気もしつつ…

例によって夫デザイン、地元の素敵な金属工房さん、
看板屋さんにとってもよくしていただきました。
冬の晴れ間の昨日、空気を入れ替えたような気持ち
で新年を迎えられそうです。



コンドルズに観る癒し

2013-11-27

コンドルズに観る癒し


ダンスカンパニー・コンドルズ富山高岡公演、
「TIME IS ON MY SIDE」@高岡市民会館 に
息子と二人で行きました。
踊りは全然、全くの無知なのですけれども、
コンドルズという名前は、数年前まで乳児を育て
朝夕のNHK教育TVに文字通りお世話になった頃、
近藤良平さんの『こんどうさんちのたいそう』や
今『オフロスキー』として有名な小林顕作さんの
『うえだくんとしただくん』が親子で妙に、
妙に好きだったため、なんとなく記憶していた
ものであります。

コンドルズは男性ばかりのグループで、全員が
学ラン姿でダンス、生演奏、人形劇、映像、
コント等を展開するステージです。
実際に舞台を観るのははじめてでしたが、まさに
血沸き肉踊る躍動感。
終始一貫してある世界観を、無理やり言葉にして
みると…、あまりに自由で正直、ギリギリの狂気、
ギリギリの真面目さ…
うーん、やはりどんな言葉も無力!と一蹴されて
しまうような凄い空間でした。
小3の息子は、コントと映像のそこかしこでツボに
はまり、息を殺して一人笑い転げておりました。

目を見張るような美しいダンスも堪能しましたが
メンバーの半分が、ダンス未経験なのだそう。
でも本職ダンサーの方もそうでない方も、全員が
全身でリズミカルに、ときに無音でシリアスに踊り
シュールなコントに身を捧げ、まっ正直な表現を
するそのエネルギーは、感動を通り抜け、観る側の
身体に直接作用する“癒し”の力がありました。

踊りを自分のものにしてしまった人たちというのは
そこにいるだけで周りの空気が透き通って見える
気がします。 
空気を味方に呼吸している。

今回の公演タイトル『タイムイズオンマイサイド』、
”時は自分の味方だぜ” 
というニュアンスだそうですが、彼らには空気も時も
味方してしまって、誰もかなわないように見えました。
私には到底手の届かない、この世の奥義のひとつに
行き当たった人たち。

クラシック音楽は、よく癒しのカテゴリに分類され
ますが、どうでしょうか。
私は今あまり、癒しを感じていません。
それは、何物にも変えられない喜びであり、楽しみで
ありながら、一定の苦しみがあります。
じっと動かず自分と向き合い、そこに傷口を見つけ、
塩を塗って痛みを確認するような、荒療治に似た部分
です。


でも、近藤良平さんの言葉を借りれば、踊りと音楽は
別物ではありません。
踊りのあるところに楽器があり、楽器のあるところに
踊りがあるといいます。
”昔のヒトたちは、大声を出したり、木の実を使って
音を出したりして、音の会話を楽しんでいたと思われ
ます。
一人のヒトが何かしら音を奏でながら歌いはじめる。
何かしらの高揚感で、まわりの人々もじっとしていら
れず、カラダをゆすりはじめる。さらに音を出す、
声を出すヒトも増え、しまいには全体が一つになった
ような盛り上がりをみせる——これはまさしく現在の
ライブコンサートとさほど変わりません”

楽器が踊りと、密接に繋がっている。
私のクラシック音楽に対する苦しみは間違っていて、
楽器はもっと自由に踊るべきなのかもしれません。
または既におおいに踊っていて、私の方が感じ取れて
いないだけなのかもしれません。

踊るように、癒しが訪れるように、楽器を鳴らして
みたいものです。
そのときは、空気も時も、味方してくれるでしょうか。




イリヤ・ラシュコフスキー ピアノリサイタル

2013-11-14

イリヤ・ラシュコフスキー ピアノリサイタル


昨日水曜の夜は、イリヤ・ラシュコフスキー ピアノ
リサイタル@北國新聞赤羽ホール/金沢市へ。
第8回浜松国際コンクールの優勝者ツアーでした。
初めて出かけるホールでしたが、それはそれは美しく
デザインにも音響にもかなり凝られたであろう創りで
リサイタルの期待も膨らみます。

その端正な容姿から、イリヤ王子と呼び親しまれる
彼のプロフィールをまとめますと、

  • 1984 年シベリアのイルクーツクに生まれる。
  • 5歳よりピアノを始め、8歳でイルクーツク室内
  • オーケストラと共演。2001年ロンティボー国際
  • コンクール第2位、2005年香港国際コンクール
  • 優勝、2011年ルービンシュタイン国際コンクール
  • 第3位、2012年12月浜松国際ピアノコンクールで
  • 優勝等、数多くの国際コンクールで入賞歴を持つ。
  • ロマンティックで繊細、そしてダイナミックで
  • 野性的な表情を自在に表現し、音楽性の高さ、
  • 卓越した技巧を日本の聴衆にもアピール、絶大な
  • 支持を得る。音楽的な実力に加えて、端正な容姿
  • も魅力のひとつ。

ということです。華々しい活躍ですが、実際に舞台で
拝見するイリヤさんはとても穏やかで思慮深い、
謙虚なムードをまとっておられました。

今回のプログラムは

  • ベートーヴェン:ソナタ第23番「熱情」
  • ブラームス:3つの間奏曲op.117
  • ショパン:スケルツォ第1番
  • ショパン:エチュードop.25(全12曲)
  • スクリャービン:炎に向かって
  • *アンコール
  • スクリャービン:エチュードop.42-5

1曲目から、熱情の熱演。
はじめ少し固さを感じましたが、2楽章のチャーミング
な冒頭で空気が変わり、あたたかくくつろいだように
見えました。
フレーズが右手の単音だけになる部分でペダルを浅く
踏み続けたり、跳躍をノーペダルで打楽器的に鳴らし
たり、響き作りにも発見。
3楽章も堅実ながら熱くエキサイティングに駆け抜け、
観ていても鼓動がはやくなります。

次のブラームスは、去年の浜コンでおそらく多くの人
(私を含め!)を虜にした、シューベルトの即興曲
にも通じる、愛らしい豊かなあたたかみを備えて、
個人的に大感動。
ffでもppでもない中間の部分で惹きつけられる世界が
ありました。

プログラム順に曲の時代が新しくなり、イリヤさんも
だんだんリラックスしてきたのか、休憩をはさんだ
後半、ピアノの前に座るとぐっと腕を後ろに伸ばして
ひと呼吸。
聴く方も親密な気持ちになりつつ、スケルツォ。

スケルツォは本来”冗談”の意味ですが、ショパンの
スケルツォはとても冗談とはいえぬ重厚な内容で、
自分で弾くときはかなりシビアな気持ちになるし、
そのような演奏を聴くことも多かった、のですが、
イリヤのスケルツォはどこかコミカルな余裕があり、
知的で粋な美しさ。
ペダルを控えて、皮肉っぽく乾いたタッチを聴かせる
部分と、激した感情の素直な勢いを落とさず、大いに
ピアノを鳴らす野生的な部分の、そのギャップは、
何というかとても人間的な、目が離せない魅力です。

続くショパンエチュードOP.25の全曲は、先月日本で
録音されたCDがリリースされたばかり。
長く弾き込まれてきたのか、12曲で大きなまとまりを
形作るのは当然として、1曲1曲への集中力が物凄い、
渾身の音楽。

聴く方は精魂尽きたところで、最後のスクリャービン
でしたが、もはやアンコールかと思うほど、のびのび
自由に弾かれているように見えました。
実際のアンコールもスクリャービンでしたが、とても
身体に馴染んでいるようで、いくらでも聴いていたかった。

客席は半分ほど埋まっている感じだったでしょうか、
東京をはじめ、各地のリサイタルを満席にする人気と
実力をお持ちですが、空席は本当に勿体なく思いました。
楽しんで弾いてくださったのでしたら良いのですが…

その分終演後のサイン会はのびのび、和やかな雰囲気。
浜コンのCDにサインをもらいました〜
本当に勿体ないほど、ゆっくり丁寧に書いていただき
ました。

ゆっくりとその手元を眺めていて、はっと驚いたのは、
決して大柄でなく、むしろ華奢な身体つきと対照的な
幅広のがっちりした指先。
美しく繊細ながら、骨太で人間的な音楽の理由が少し
わかったような気がしました。

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…このCD、凄い充実しています。
イリヤ優勝を決定づけた、大興奮のプロコフィエフ
協奏曲3番を聴きながら、車で帰途につきました。
夜空は満点の星。金管楽器の煌めきを背に、鮮烈な
プロコを繰り出すイリヤと、観衆の熱狂的な拍手が
フラッシュバックするような、熱い夜でした。



トリフォノフについて(2)

2013-10-10

トリフォノフについて(2)


新譜が出たことですし、トリフォノフについて
私的な聴きどころをまとめてみることにしました。
これからトリフォノフを聴いてみようかな〜
と思われている方へ、ちょっとご参考になれば
嬉しいです。

■聴きどころ その1:「クリスタルの如き美音」
彼のキャッチコピーで使われていますが、本当に、
この世のものとは思えない、美しい音です。
特にピアニッシモ以下のとろけるような弱音は、
そろそろ私…浮くんじゃないかと思うほどです。
脳への催眠効果があるのかもしれません。
私がキャッチコピーをつけるなら、「超・浮遊感」
です。
 ▽おすすめ音源:
 ショパン作曲/ピアノ協奏曲1番2楽章

 7分半あたり、水滴の表現は圧巻です。
 音源を聴かれる際は、できれば部屋や車に籠って
 音量を大きくするか、ヘッドホンなどで耳を集中
 してみてくださいね〜

■聴きどころ その2:旋律ごとに蠢く生命
「歌の人」と言われることもある彼ですが、
テーマとなるフレーズをそれは美しく大切に
歌うのと同時に、脇役となるその他の旋律にも
ことごとく眩しい生命を与え、大きな立体感を
生んでいます。
美しい自然の中にいて、目の届かない土の中にも
無数の生命が蠢いていることに思い当たるときの
ような、はっとする曲作りがあります。
 ▽おすすめ音源:
 シューベルト作曲=リスト編曲/献呈


■聴きどころ その3:爆裂的なテクニック
数々のコンクールで賞を総嘗めにしていますが、
あまりばりばりと弾くメカニックを得意として
いるわけではないようです。
でも時々のアンコールなどで、物凄い爆演を披露し
体力とサービス精神と、計り知れない才能を見せて
くれます。
自ら作曲や編曲をし、指揮にも興味があるといい、
現在はスケジュールをぬってオーケストラの作曲も
しているそうですから、いつか自作曲の弾き振りも
見られるかもしれません。見たいなあ。
 ▽おすすめ音源:
 シュトラウス作曲・トリフォノフ編曲/喜歌劇「こうもり」


お気に召した曲など、何かご感想をお持ちの方が
おられましたら、ぜひご意見をお寄せくださいね。
語りましょう〜


















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トリフォノフについて(1)

2013-10-10

トリフォノフについて(1)


お気に入りのピアニストの一人、トリフォノフの
新譜が出ました。ばんざい!

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プロフィールをご紹介しますと、

  • ダニール・トリフォノフ --Daniil Trifonov
  • 1991年ロシアのニジニ・ノヴゴロド生まれ。
  • 2010年 第16回ショパン国際ピアノコンクール第3位。
  • 2011年 ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクール
  • 第1位、聴衆賞等受賞。さらにその数週間後に行われた
  • 第14回チャイコフスキー国際コンクールにて第1位、
  • 全部門を通したグランプリ(史上2人目)を受賞。
  • ピアニストとして活躍するかたわら、ピアノ、室内楽、
  • オーケストラ曲などの作曲も行っている。
  • 2012年2月には、音楽の殿堂、カーネギーホールでの
  • リサイタルデビューを果たし、大きな注目を集めた。

今回の新譜は、その大きな注目を集めたカーネギー
ホールのライブ録音で、曲目はこのように。

  • A.スクリャービン:
  •   ピアノ・ソナタ 第2番 嬰ト短調《幻想ソナタ》
  • リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
  • ショパン:24の前奏曲
  • メトネル:4つのおとぎ話 作品26から 第2曲

トリフォノフ・ワールド全開、絶好調、大成功の
リサイタルだったようで、熱気も伝わりました。
リストのソナタロ短調は、ピアノ史に燦然と輝く
傑作ですが、深遠で重厚な世界観を表現するのに
彼はまだ若すぎる、などの批評もあったようで、
実はかなり先入観を持って聴きました。
でも結果、大感動。CDで涙が出たのは久しぶり
です。若くて何が悪い!! と思いました。
きっと私もまだ若いのです。


トリフォノフの魅力は、ひとことでいいますと、
宇宙的。
曲が生み出された創造の理由を探るべく、宇宙の
どこかにあるポイントと交信して、作曲家の意志を
そのまま写し出しているような説得力。
あるいはこの世のものでない神なのか悪魔なのかに
憑依されたような集中力。

昨年は、我らがホームタウン高岡文化ホールでも、
リサイタルを聴くことができました。
演奏中の彼は、現世にいるようにはとても見えません。
曲に没頭し、音のものがたりに対応して、くるくる
変化し続ける表情は、日本のファンからは”顔芸”と
呼ばれて親しまれています。
きっと私たちには見えないものを見て、聴こえない
声を聴き、触れられない何かに触れているのです…

エキセントリックなほど鋭い感覚で、しかし決して
異端ではない正統派の解釈で評論家をうならせ、
アルゲリッチが絶賛し、名立たる指揮者からも熱い
支持をうけ、50年に一人の逸材とも言われている
トリフォノフ。
同じ時代に生き、これから聴き込める新譜がある
ことの幸せ!




ふたごちゃん

2013-9-26

ふたごちゃん


秋が深まってまいりました。
朝晩の気温も下がり、肌が久々の寒さを思い出して
きゅっと縮こまってきますが、これが秋でしたね。
私は秋生まれなので、すごく落ち着く季節であり、
どうか冬にはならないでほしい、と名残惜しい季節
でもあります。


さて、生徒さんの中に、ふたごちゃんがいます。
年長さんの女の子で、この冬で1年のおつきあい
になります。

お母様は大阪のご出身で、ふたごちゃんもおおむね
関西弁。
レッスンは終始、しゃべりっぱなしの1時間で、
ふたごちゃんたちが繰り出す数知れない小ボケを
私はひたすら突っ込み、あっという間にレッスンが
終わります。
「え、これ、Cポジション?しーやんな。はい、シ」
すかさずもうひとりも
「はい、シ」
ひとりがボケると、必ずもうひとりもボケずには
いられません。やまびこのようです。
「この曲、いややー。うふふふ」
とひとりが私の頬に頬を寄せ、近っ!と言った次の
瞬間、もうひとりの頬が今度は私の肩の上にぺとっ 
とくっついてきます。磁石のようです。

そんなふたりと初めて会った体験レッスンでの感動は
忘れられません。
私は、母親が双子で、従兄弟にも双子の兄弟がおり
双子さんには馴染みがあるのですが、レッスンで
見させていただくのは初めてでした。

何が感動的か、とにかく、ふたりの一体感です。
歌声の一致!
リズム感の一致!
呼吸の一致!
理解度の一致!
間違えるところも一致!
”アナクルーシス”の完全一致!
(アナクルーシス=リトミックで重要な要素である、
音を出す前準備の緊張した状態のことです)
演奏するピアノの音色も一致!!

当然といえば当然な部分もあるかもしれないのですが
この一体感は芸術的なほどの感動を覚えました。
ペアレッスンでもグループレッスンでも、個人以外の
レッスン形態の場合に必ず発生する「差」が、全く
といっていいほど無い。
この「差」が楽しみでもあるわけなので、どちらが
良いということでは全くないのですが、こんなことが
あるなんて!という純粋な発見の喜びです。

自分には到底なし得ない、完璧なシンクロを間近で
見ることの、それが音楽に解け合うことの、そして
それを指導させていただくことの興奮!
世の中の双子さんに向けて、ぜひ、ふたりで何かを
音楽をやってください!
と、声を大にして言いたい気持ちでした。


彼女たちはお互いの影響もあってかぐんぐん上達し、
また握力が鍛えられているようで、指のフォームが
非常にしっかりしています。
聞くと、普段から外遊びが多く、のぼり棒や雲梯が
得意だとか。
この、何かにつかまる力というのは、ピアノにも
すごく良い効果があるそうなんですよ。
薬指、小指に力が入らずうまく弾けないという方、
よろしければつかまり遊びをおすすめします。


さて今月に入って、ふたりははじめての、連弾に
取り組みはじめました。
これ何より、私の念願です!


ふるさとの空

2013-8-19

ふるさとの空


先週末、歌の伴奏をさせていただきました。

昨年新たにつくられたばかりの”富山県民の歌”、
『ふるさとの空』といいます。
http://www.doyukai.org/furusato/
作曲は久石譲さん!

毎年行われている、母校の高岡高校同窓会総会、
今年の幹事である25回生の方々が、ソプラノ歌手
高野百合絵さんをゲストに『ふるさとの空』を
歌うという企画で、その伴奏のご依頼をいただ
いたものです。
私は49回生です。卒業して十数年…たちますが
総会は一度も出席できておらず、にもかかわらず
このような形で関わることができ、こんなに
光栄なことはありません。

高野百合絵さんは、富山市出身の現役音大生で、
『ふるさとの空』ソプラノ独唱音源のレコー
ディングをされた方です。
不勉強で存じ上げなかったのですが、2011年
高校3年生で3つの全国コンクールで第1位を
取られ、2012年春の選抜高校野球の開会式で
国家を独唱されるという、華々しい経歴と才能を
をお持ちでいらっしゃいます。

同窓会当日は、高野さん独唱の『ふるさとの空』と
もう1曲『私のお父さん(O mio babbino caro)』
を歌われるということで、光栄なことにこの2曲
伴奏でご一緒させていただきました。

高野さんの声は、独特のふくよかな重みがあり、
いわゆる”ドラマティックソプラノ”という分類
になるそうですが、
(ソプラノの中でも声の種類の軽いものから
”リリコ”や”スピント”などがあり、最も重いのが
“ドラマティック”なのだとか)
本番前日の伴奏合わせではじめて間近で聴いた
歌声は、ただ重いだけでなく…あたたかいのに
ストイックというか、神憑った高貴な精神性と
それを冷静に見守る客観性、のような、色んな
側面を持っている気がしました。

『ふるさとの空』は、雄大な日本海と立山連峰に
囲まれ、四季折々に豊かな表情を持つふるさとを
敬う心が表現されていますが、この雄大さとは
背中合わせにある大自然の厳しさに、富山の人々が
耐え抜いていることへの誇り、それを見守り慰める
のもまた、大いなる自然、というような、まさに
富山の人々の県民性をうたった名曲だと言えると
思うのですが、これに高野さんの歌声は本当に良く
似合って、特に本番前リハーサルのしんとした広い
会場で、マイクなしで歌われたときの非日常感、
魂を掴まれた感は、正直伴奏どころではなく、
すぐにピアノの手を止めてステージの真正面に
走っていって座りなおし、微動だにせず聴き入り
たい衝動にかられるほどでした。


…さて本番では、大盛り上がりの会場の中でなお
サプライズ的に登場した高野さんが、美しいピンクの
ロングドレスをなびかせて歓声とともにご登壇。
まず『私のお父さん(O mio babbino caro)』を
マイクなしで華麗に歌い上げ、続いて『ふるさとの空』
をしっとりと独唱。
賑やかな客席がしんと釘付けになり、伴奏の私までも
じっと釘付けになってしまうオーラを、若くして持ち
合わされている高野さんでした。


さて独唱の後、会場の興奮冷めやらぬ中、25回生・
合唱隊の皆さんがご登壇。
お忙しい中何度も練習され、きっと様々な思いを歌に
込められた渾身の合唱は、とても胸を打ちました。
伴奏をしていて身体がふわりと浮き立つような、
大きく満たされた心持ちになりました。
7月の練習にはじめて参加した49回生の私を、心からの
温かい笑顔で迎えてくださり、いつも気さくに丁寧に
話しかけてくださり、どんなことにも細やかな心遣いを
惜しまない皆さんのように、24年後なれるのだろうか?
合唱が終わってからは、そんなぼんやりと途方もない
憧れの心持ちで会場を後にしました。


本番を終えて、高野百合絵さんと

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ラグタイムでなければ

2013-8-1

ラグタイムでなければ


音楽が、想像を超える浸透力で、心身にしみ込んで
くることがあります。

人が生きている、時々の波のゆらゆらした部分に、
あまりの合致をみせる音楽の浸透力といったら。
例えば真夏の午後の清涼飲料水のように瑞々しく、
あるいは数千のパズルのピースがはまる痛快さで、
あるいは特殊な疾患の特効薬のような鮮烈な癒しを
もたらすものではないかと、、、、
例によってとりとめもなく、思います。

さて、そんな波長の合致を、この曲で感じている
今日このごろです。ラグタイムです。

Graceful Ghost Rag / William Bolcom
(優雅な幽霊のラグ / ウィリアム・ボルコム)


ご紹介に、さわりだけ弾いてみました。
まだ弾き込んでなく拙い演奏ですが、お許しいただ
ければ幸いです。
でも波長が合うときの音楽というのは、何も考えず
表面的に音をなぞるだけで、ものすごく親密な触感
があるものです。

初めて聴いたとき、ふわっと身体があたたかくなり、
脳がゆるんでいくみたいでした。
血の巡りが良くなって、肩こりがほぐれて、、
経験はないのですが「足湯」ってありますよね。
足湯に入るとこんな感じなのではないかと。


さてラグタイムは、19世紀末にアメリカで生まれた
音楽ジャンルです。黒人的なシンコペーションを
多用した独特のリズムを持ち、”ずれたリズム
(ragged-time)”が語源だとか、”ぼろ布(rag)を
着て演奏するような音楽”だとか、名前の由来は諸説
あるそうですよ。

ラグタイムの王と言われたのはスコット・ジョプリン。
"ジ・エンターテイナー"や"メイプル・リーフ・ラグ"
は今も大変有名でございます。
私、ディズニーランドとかの屋外で耳にするイメージ
です。


"優雅な幽霊のラグ"作曲者のウィリアム・ボルコムは、
現在も活躍するアメリカのピアニストで、本格的な
クラシック出身の方です。
緻密で凝った曲作りをするわりに、発想はユニークで
親しみやすく、幽霊や神話などがモチーフになって
いたりします。

おそらくシャイな方なのかなと思うのですが、ラグへ
の愛は満ち満ちており、というのも、ラグタイムは
音楽シーンから一時姿を消しており(ジャズに取って
代わられたのです)完全に廃れてしまったのですが、
その後ボルコムが中心となって復興させようとしてい
るとか。
『モダン・ラグ』とよばれる世代だそうです。

個人的に大好きなガーシュウィンが、ラグタイムの
流れかと思っていましたが、実はガーシュウィンが
書いたラグは1曲だけでした。
ラグ全盛の頃より、ちょっとガーシュウィンの時代は
後なんです。

ラグタイム、好きだ〜と思っていましたが、まだまだ
知らないことがたくさんです。
調べていたら、波長にぴったりの言葉も見つけました。

 この世の中、ラグタイムでなければ表現できない
 世界が、確かにある

うん、心からそう思います。










トウキョウソナタを奏でる

2013-7-18

トウキョウソナタを奏でる


映画の話題続きです。

とある素敵な大人の生徒さんから、
「先生、トウキョウソナタって観たことありますか?」
と聞かれまして。
うーん、タイトルは聞いたことがあるような?
「映画のラストで、少年が凄く上手にピアノを弾くんですよ〜」
と話が弾み、それは観ておかねばと、先日観ることができました。

あらすじはこんな感じです。
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  • 舞台はトウキョウ。線路沿いの小さなマイホームで暮らす4人家族の
  • 佐々木家は、ごく平凡な家庭である。
  • 仕事に没頭する毎日を送っている平凡なサラリーマンの佐々木竜平
  • (香川照之)は、ある日突然、長年勤め上げた会社からリストラを
  • 宣告されてしまう。一方、世の中に対して懐疑的な心を持っている
  • 長男・貴(小柳友)は家族から距離を置くようになり、一家のまとめ役
  • だったはずの妻・恵(小泉今日子)にも異変が起き始めていた。
  • 小学6年生の次男・健二(井之脇海)は、学校の給食費を持ち出し、
  • 家族に隠れてピアノ教室に通い始める…

———————————————————

すごく良かったです。深く、心にしみ入る映画でした。
日本とオランダと香港の合作、というだけあって、東京のありふれた
住宅地が異国のファンタジーのような、妙な距離感と空気感を持って、
トウキョウのカタカナ表記もうなづけます。

ちょっと脱線して、ソナタっていうのは、音楽用語なんですけれども。
ピアノ音楽で馴染みがあるのは「ソナタ形式」です。
学校の音楽の授業でもよく取り上げられるようですが、ひじょうに記憶に
残りづらい言葉なので、説明いたしますと、ソナタ形式とは、
 主題の提示があって<提示部>
 主題が展開して<展開部>
 主題が再現される<再現部>
という形式です。

なので、映画の話に戻りますが、
トウキョウの家族の、4人のそれぞれの物語、主題がどんどん展開して、
音楽を紡ぐ…ようなことを考えながら観ました。

でも、でも、劇中ではほとんど音楽が鳴らないんです。
彼らの生き方、現実が音楽、とでもいいましょうか。


そして話題のラストシーンで、やっと音楽らしい音楽が。
ピアノの音が本当に引き立ちました。
風に舞うカーテンように奏でられたのは、ドビュッシーの『月の光』。

*実際の劇中で吹き替え演奏をされたピアニスト、高尾奏之助さんによる演奏です

この曲、私は高校生のときかなり弾き込んで、もう手に入っている曲だと
思っていたのですが、、全く違う曲に聴こえました。
家族の再生に繋がる希望の光、というだけでは片付けられない、もっと
アグレッシブな生命体のエネルギー。
ずるっとどこかの内蔵を裏返されたような、真新しいインパクトがあり、
ああ、音楽は一生勉強だなと、奮い立たせられるものがありました。

映像の空気感にしみ入り、家族それぞれの物語にしみ入り、ピアノにも
しみ入りで、いろんなものが身体に入り込んで、潤います。


この映画を教えてくださった、素敵な大人の生徒さんに感謝です。
私より一回りちょっと歳上の、本当に素敵な大人の生徒さんです。
本当ですよ。
ピアノ歴ほとんど無しだから、といつも謙遜されてばかりですが、音楽への
ひたむきな気持ちに、ピアノ歴は全く関係ない、と教わってばかりです。

そんな素敵な大人の生徒さんのレッスンは、この後「月の光」になりました。
弾きやすくアレンジされたもので、ハ長調の楽譜があるのです。
でも複雑な和声はそのまま。響きの揺らぎをしみじみ楽しみながら、映画の
話もしながら、のレッスンは、いつもあっという間に過ぎていきます。


そういえば、「ソナタ」の語源はイタリア語のsonata、「演奏されるもの」
からきているそうです。
人が音楽を演奏することについて、とりとめもなく考える今夜は、久々に
ひんやりと涼しい夜になりました。







ピアノマニアの映画

2013-6-13

ピアノマニアの映画


ずっと観たかった映画がありまして、近隣では上映しておらず、
この春DVDがリリースされて、やっと観ることができました。
映画「ピアノマニア」です。

実在するピアノ調律師のドキュメンタリーで、ドイツ人の、
「シュテファン・クニュップファー」
という、二度見、三度見くらいしないと発音できないようなお名前
の方が主人公。


あらすじはこんな感じです。
———————————————————
ロカルノ映画祭を皮切りに世界が熱狂した『ピアノマニア』は、
スポットライトを浴びるピアニストではなく、彼らを影で支える
調律師の存在に光を当てる異色ドキュメンタリーである。

主人公のシュテファン・クニュップファーは、ピアノの老舗
ブランド・スタインウェイ社を代表するドイツ人調律師。
彼の務めは、使い慣れた自分の楽器を携帯できないピアニストが、
演奏会や録音に万全の状態で臨めるようバックアップすることだ。

1台のピアノで様々な表現を追求するピエール=ロラン・エマールは
試し弾きのたびに「質問がある」と繰り返す。

次々と高いハードルを課す完璧主義者のピアニストと、職人としての
意地とプライドを懸けて、無理難題を丹念にクリアする調律師——

究極の響きを求めて、両者一歩も譲らぬ“ピアノマニア”同志の共同
作業の模様が、時に緊迫した、時に平穏な空気の中で映し出されて
いく。
———————————————————

感動で、涙がいっぱい出ました。
主人公クニュップファーが、いろいろ考えて行動するという、ごく
シンプルな話なのですが、なんというか…。
言葉は少ないのに、目とか、動きとか、間で語られる、わくわく感、
熱量が、半端じゃない説得力で、演出もとにかく洒落ていて、ピアノ
の魅力を伝えたい愛にあふれていて、これ、撮ってる人も、編集した
人も、関わった人がみんなまぎれもなく、“ピアノマニア”だろうと。

この映画の主人公は、「ピアノ」そのものだという人がいましたが、
まったくそのとおり。
指先を動かすだけで、猫が歩くだけで、簡単に音を出せる楽器。
音を出すのが簡単な分、複雑な内部機能を持ち、300年間の研究で
巨大に進化した音楽芸術の道具。
この道具が魔力を持ち、生き物となり、その魅力に取り憑かれた、
まさに、ピアノマニアのピアノマニアによるピアノマニアのための
映画でした。

ちなみに以前、私も調律を学ぶ学校に通っていたのですが、、、
ピアノ調律で大変なことは、なんといっても、鍵盤が88鍵あると
いうことです。

1つの鍵盤につき、弦は中音〜高音部で3本、低音部で2〜1本、
全部合わせると230本くらい。
ハンマーを動かすアクション部分は、1つの鍵盤につき、約80個
の部品が使われます。アクション部品80個×88鍵=7040個。
いろいろ合わせると、箱型のアップライトで8000個、グランドピアノ
で10000個の部品があるのであります。

ふーん、と思いますが、何が大変かというと、この88鍵をそろえる
のが大変です。

たとえば…極端なたとえですが、88人の前髪を切りそろえる、という
イメージです。
理想の前髪の形を決めて、1人にハサミを入れて、そろえようとして
いくと、あっち側が短くなり、今度はこっち側が合わなくなり、、
だんだん短くなるパターンがあります。
それが88人いるというイメージ。
1つの音が整っても、それにあと87個をそろえないことには、音が
でこぼこして、音楽が完成しません。
そもそも1つのピアノに張られた弦は、構造からして同じではなく
そもそも同じ種類の音にはなり得ないところを、調律師さんの熟練
技術と美意識により、均一な流れに聴こえるよう、整備されている
わけです。


…ふーん、と思いますが、何が言いたいかというと、こんな話をする
のは本当に楽しいな、ということです。
ピアノマニアのはしくれの、長い独り言でした。





発表会が好きです

2013-5-12

発表会が好きです


週末は、楽器店教室のピアノ発表会 @金沢アートホール でした。

発表会大好きです。
ホールにいると、生きててよかったと感じます。
ホールを覆う贅沢な木の匂いと、音がしゅっと吸い込まれる壁、
計算高く切り立った美しい天井の下にいると、気持ちがしんと
なり、何か懺悔したいような気分にもなったりします。


さて、この教室での発表会、去年から参加していますが、とても
良い雰囲気のステージです。
難曲が勢ぞろいというわけでは決してないのですが、マナーが良く
お互いの演奏をしっかりと聴いてたたえ合う、あたたかい雰囲気が
ずっとただよっています。

私の生徒さん達も、持っている力をじゅうぶんに発揮できました。
ほっと一安心。
直前のリハーサルで「こうしたほうがいいよ、素敵に聴こえるよ」
と注文することもありましたが、それもちゃんと守って、自分の
音を落ち着いて聴けていました。すごいことです。
目をきらきらさせて、来年はこれを弾きたい!と言ってくれて、
何よりのご褒美でした。


ステージ裏では、普段は接点のない生徒さん方ともお話できる
機会があって、これもうれしいことです。
はじめてお会いするような方でも、その人の演奏を知っている
だけで、かなりの部分が見える気がします。

大人になってからピアノをはじめたという生徒さんも多いですが
皆さん謙虚で熱心な方ばかりで、どんなに話しても話が尽きない
です。

最後には私も弾かせていただきました。。
(Volodos/Mozart - The Turkish March / Rondo Alla Turca)
*リンク先は編曲者ヴォロドスによる演奏です
身にあまる豪快な曲でしたが、皆さんにぜひ紹介したかったですし
弾いていて(つらいけど)すごく楽しい曲で、どんなに練習しても
新しい発見があって、飽きなかったです。

本番は拙い演奏でしたが、あたたかい感想をたくさんいただけて、
とても幸せでした。

同じステージで弾く、その時間を共有するというのは、ほんとに
いいものです。
もちろん、それまでの準備は楽しいものばかりではないですし、
逃げ出したくなる壁や、大きな覚悟が必要なこともありますし、
結局、弾くのは一人で、孤独で、自分との戦いです。

でも、それを共有できる仲間がいる、その確認ができるのも発表会。

というわけで、発表会が大好きです!


ラ・フォル・ジュルネの魔法

2013-5-6

ラ・フォル・ジュルネの魔法


お天気に恵まれたゴールデンウイークでしたね。
子どもを二人連れてラフォルジュルネ金沢に行ってきました。

ラフォルジュルネは、地元高岡ではそこまで馴染みがないよう
なのですが、クラシック音楽祭です〜。

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”ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭”
とは…
1995年よりフランスのナントで開催されているラ・フォル・
ジュルネの日本版で、2005年に東京でスタートしました。
”一流の演奏を低料金で提供し、明日のクラシック音楽の新しい
聴衆を開拓する”というコンセプトのもとに、選曲はクラシック
初心者から上級者まで楽しめるように配慮されています。
また0歳からのコンサートや幼児が入場できる公演も多くあり、
家族でクラシック音楽を楽しむことができます。

一流音楽家によるコンサートは、1公演が1時間弱と短くて、
どれも1,000〜3,000円程度で聴けるものばかり。
無料コンサートや子ども向けのイベントなど、朝から晩まで
あちこちの会場でいろんなプログラムが催され、期間中は、
街全体が音楽祭でもちきりになります。

今は、世界10カ所くらいで行われているそうですね。
日本では東京の他、金沢、新潟、大津、鳥栖の4都市で、毎年
このGWに開催されています。
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東京での初開催が2005年、そのころは私、丸の内近辺の会社で
働いていたので、何か音楽祭がやってくる!というざわざわ感を
よく覚えています。
2005年のテーマは[ベートーヴェンと仲間たち]で、あちこちの
駅構内にババーン!! とベートーヴェンのイラストポスターが乱立し
かなりの衝撃だったのです。

会場は東京国際フォーラム。ふだんはあまり国際的な印象でも
ないのですが、期間中はそこかしこに演奏家っぽい外国の方が
いたり、スパイスの香り漂う多国籍な屋台が並んだり。
ああ、クラシック音楽は、異国のものなんだと、興奮しながらも
少し寂しいアウェイ気分を実感したのを覚えています。


そんなラフォルジュルネ、in金沢に行くのは今年はじめてでした。
ええと、今年のテーマは
[パリ、至福の時〜フランス、スペインの音楽] です。

ラヴェル、ドビュッシー、アルベニス、プーランク、フォーレ等々、
比較的新しい時代の作曲家たちで、古くからの音楽の様式が自由に
形を変え、印象派とも呼ばれる頃。
あたたかな、色でいうとオレンジとピンクがくすんだ光に当たって
混ざったようなイメージのある時代です。個人的にです。

我が子二人と観に行くのに何とか退屈しないよう、ラヴェルのオペラ
『子どもと魔法』をえらんでみました。

”フランスのエスプリが効いたちょっぴり辛口のファンタジー・オペラ”
とパンフレットには紹介されています。
演奏は、園田隆一郎指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢、
びわ湖ホール声楽アンサンブル。
ストーリーは、主人公の坊やがママの言いつけを嫌がり、怒られて
腹を立て、物や動物にひどい八つ当たりをしたところ、魔法がかかり、
物や動物がしゃべりだして坊やをこらしめる、というものでした。


…そんな坊やに共感したかは置いといて、長男(9歳)ははじめから
おわりまで、食い入るように観ていました。
歌はもちろんフランス語(時に英語)ですが、舞台脇の電光掲示板に
字幕が出て、ストーリーをちゃんと追うことができます。
字幕の読めない長女(4歳)は、迫力ある歌声に圧倒されたように、
おとなしく観ていました。
あとで聞くと、どうぶつがうたいだすのが楽しかったそうです。

…とりあえずひと安心。行ってよかった。
小さい子どもをコンサートに連れていくのは、勇気が要りますよね…
途中、びっくりするような予期せぬ行動に出たりします。

でも、連れていくのが良いんですって。
だって、連れていかないと知らないままだよ、と、尊敬する先生に
言われました。
周りの人に、迷惑にさえならなければ(これが難しいですけど)、
退屈しても、寝てしまってもよいと。
その場にいさえすれば、どこかの一瞬で「これは!」という音に
出会うかもしれない、
それは実際その場にいないと分かり得ない体験であり、子どもが
小さいほどその影響は大きいのかな、という気もします。


さて魔法のオペラを聴いたあとは、金沢駅地下広場で開かれている
イベントブースへ。
自由に楽器体験をしたり、サンドイッチを食べたりしている間も、
どこかで必ず音楽が進んでいて、広い空間に反射し重なり合った音が
ずっと鳴り響いていました。

行き交う人は皆、音楽をからだにまとっているみたいに見えます。
実際、大きな楽器を背負って忙しそうに立ち回る学生さんたちも
多かったですけど、皆、自分の求める音楽を探しているようにも
見えました。

見慣れた金沢駅で、こんな音楽に祝福された光景が見られるなんて
ラフォルジュルネの、熱狂の魔法みたいです。

東京国際フォーラムで感じた寂しい気持ちは全くなく、それは
地元の人達が純粋にこの音楽祭を愛し、誇りに思っているから
なのかな〜 と思いを馳せたりもしました。

この感じ、何か身に覚えがある…と思ったら、高岡の御車山!




PQ(潜在能力指数)って知ってますか?

2013-4-30

PQ(潜在能力指数)って知ってますか?



PQということばを、初めて知りました。
微力ながら音楽教育の現場にいますのに、お恥ずかしいことです。
でもPQって、便利なことばです。モヤモヤがスッキリいたしました。

昨日は、リトミック研究センターの指導者月例研修でして、講師は
我らがリトミック研究センター会長の岩崎光弘先生。
年に一度、富山にお越しになっています。光栄です。

余談ですが、私がリトミック研修を受け始めた頃、某A先生が、
「岩崎先生ってね〜、もう60何歳でいらっしゃるけど、ダンディーで
素敵で、ほら、あの岸部一徳って俳優さんいるでしょ、よく似た雰囲気
で面白い方なのよ…」
とおっしゃっていたのが私には深く刻まれ、何度かお会いした今も
岩崎会長=岸辺一徳さん
と深く繋がっている次第です。

そんな岩崎先生の、PQの話。

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IQ(Intelligence Quotient)知能指数 
は、よく知られています。
私たちが子どもの頃にも、時々テストがありましたし、IQが高いと
頭が良く優秀な人だというイメージは定着しています。
IQが高ければ人は幸せになり社会は豊かになる、だからIQを育てる
のがよし、教育もそれを目指そう、とされてきたそうです。

しかし近年、単なるIQの知性だけでは足りず、「心」の知能が重要
という考えから、
EQ(Emotional Intelligence Quotient)心の知能指数
が、世界で注目されるようになりました。
EQは、自分の感情をコントロールし、他者の感情を理解することで、
心を良い状態にする能力を言います。

でも、このEQというのは表に出づらいものであり、指数テストでは
自分の感情をよく見せたいという心理が働くなどで、数値化が難しい
などの指摘がありました。

そこで、次に出てきたのが
PQ(Potentiality Quotient)潜在能力指数 です。
ちなみに今は、HQ(Humanity/Hyper-Quotient )とも呼ばれて
います。

PQは「知恵」の能力とも言われ、未知のものごとにも自分で思考し
解決に導く能力、何もないところから発想できる能力です。

それを司るのは…、脳領域の「前頭連合野」というところ。
ここであらゆる知能(身体的知能、数学的知能、右脳の空間・絵画・
音楽的知能、左脳で言語的知能など)を統括しているというのです。
これが社会的・感情的知性となり、いわゆる「人間力」をつくる、
と考えられているのですって。
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そんなPQ、いつまでも大きくは伸びません。
「8歳が臨界期」だそうです。
私の長男は、臨界期を超えました。長女に期待。

というのはさておき、何がスッキリしたかと申しますと、
リトミックを創始した、ダルクローズのことば!


「子どもや若者への教育は、改造であり、準備であり、再適合で
あらねばならない。
すなわち、神経組織を再教育し、精神の落ち着き、内省力、集中力
を養うと同時に、
余儀ない事情から思ってもみなかったことを行うはめに陥っても、
素直にそれに従い、厄介なこともなく反応でき、抵抗も食い違いも
なく自分の力を最大限に発揮できる備えを整えさせる
ことが肝要である(これが、リトミックの目指すところである)」

と、著書の冒頭で述べている部分の、
これがまさに、
PQ教育
ではないですか〜

リトミックって、説明が非常に難しいのですが、これで少し楽になる
かもしれません。PQさえうまく説明できれば。


ダルクローズのことばはまだまだ続きがありますけれども、まだまだ
微力なこんな私に、力強く響いたことばがこちら。

「理想的な教師は心理学者であり、生理学者であり、また芸術家でも
なくてはならない」

教師は、子ども自身が自分のうちにある豊かな潜在能力を使おうという
意欲を持たせなければならない。
子どもの意欲が、自分の前進を確認し、生まれるのは「喜び」である。
喜びは、熱であり、光である。
子どもの喜びの火花を生み出すのは、教師の役目である。
喜びが永続的に増幅し、更新され、
この上なく高い、とうていできそうもなかった行為を可能にし、
いずれは強く燃えさかって輝き、明日を照らす光となるように。


リトミック教育でいう音楽は、潜在能力=人間力を伸ばすためのツール
といってもいいくらいです。豊かに輝く未来をつくるための。
ピアノ教育にも近年はそうした精神が拡がりつつあり、職業的音楽家
というよりは、素晴らしい音楽芸術教育家と呼ぶべき方が増えたのでは
ないでしょうか。

私もその精神を持ち続けたい一人です。
ダルクローズさんの時代からは、一世紀以上経っていますけれども。




関本昌平ピアノリサイタル

2013-4-23

関本昌平ピアノリサイタル



日曜の午後は、関本昌平ピアノリサイタル@高岡文化ホールでした。
所属しているピティナ(全日本ピアノ指導者協会)高岡支部の主催
ということで、裏のお手伝いにも入らせていただきつつ。

関本さんは現在28歳。公式プロフィールはこうしてはじまります。
『ピティナ・ピアノコンペティションにおいて、1995年B級金賞、
1996年C級銅賞、1997年D級銀賞、1998年E級銀賞、2000年
G級金賞、2001年コンチェルト部門最優秀賞受賞。2003年特級
グランプリ受賞。第1回福田靖子賞受賞。』
2005年のショパンコンクールでは第4位に入賞され、世界的にも
熱視線を集め続けるピアニストの一人になられました。

プログラムは、
ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
ブラームス:4つの小品 Op.119
ショパン:英雄ポロネーズ イ長調 Op.53
J.S.バッハ:トッカータ ハ短調 BWV.911
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 Op.101
でございます。

関本さんは今、「ドイツ3大B」とよばれるバッハ、ベートーヴェン、
ブラームスに傾倒しているとのことで、それにショパンを加えた
重厚なプログラム。
プログラムノートをご自身で書かれるのはもとより、ステージ上でも
マイクを取り、自ら曲目を解説してくださいました。
これらの曲が作曲された背景や、どうしてこの響きは美しいのか、
ベートーヴェンのソナタ28番がこんなに画期的な理由は冒頭にあり、
1番から順番につぎつぎと冒頭をさらって弾くという一幕も。

なんという贅沢〜
演奏はもちろん一流です。印象に残ったのは、ものすごーく洗練された
リズム感と、肉感的な和音の捉え方。音の数が多く分厚い和音が、
とけあうように立体的に美しく響いていました。
小学生の頃から弾いている、と紹介された英雄ポロネーズ、耳に馴染み
すぎるくらいの曲ですが、ここまでわっと沸き立つようなオーラのある
英雄は初めてだったです。

演奏の直前、直後にマイクを取って、まとまった話をする、というのは
かなり大変だと思うのですが、息を乱すことなく、またピティナに挑戦
する小さいピアニストたちにも分かりやすいように、ことばを選んで、
愛をたっぷり込めて話されました。
私はかなりの文系ですが、ことばに裏付けられた演奏は、耳にも頭にも
ずっと深く入ってくるものです。


それぞれの作曲家の、晩年の曲が多かったのもあると思いますが、
まったく老成した、巨匠の域に達しておられるように見えました。
この4月からニューヨークより完全帰国、日本を拠点として活動を
されるそうですが、今からどんなピアニストになられるのでしょう。

リサイタル終了後は、関本さんを囲んで、ピティナ支部の先生方と
交流できる、という非常にありがたい機会が小一時間ほど。
恐縮至極でしたが、かろうじて皆さんに混ざって握手をしていただき
ました。


すこし冷たく柔らかな手を思い出しながら、ブラームスを繰り返し
聴いている今日です。


多崎つくるとリストの巡礼

2013-4-20

多崎つくるとリストの巡礼



村上春樹が好きです。
今はハルキストなんて言葉があるんですね。
そこまで、楽しげな現象をよぶ感じの作品じゃないのではと思いつつ…
最近の破格の人気作家作品扱いには、あまり熱心な読者じゃない私でも
無駄に気恥ずかしくなったりします。はい、無駄なんですけども。


新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読みました。

内容は、過去の村上作品の中でもかなり読みやすいもので、一気に読了。
これまでずっと書き続けられた深遠なテーマはそのままに、出力方法が
よりわかりやすく単純化され、寓話化されたような印象を受けました。

話の中で通奏低音のように流れる、リスト作曲の「巡礼の年」。
村上作品では音楽が重要な要素になることも多いですが、ピアノ独奏曲
がここまで取り上げられたのは珍しかったですね。
たまたまなのでしょうけども、むやみに嬉しいものです。

主人公の多崎つくる(36歳)が、過去の記憶でずっとこだわり続ける
ピアノ曲というのが登場し、それが「巡礼の年」第1年<スイス>の
第8曲『郷愁(ル・マル・デュ・ペイ)』でした。

ええと、リストの「巡礼の年」は組曲になっていて、
 第1年<スイス>
 第2年<イタリア>
 第2年補遺<ヴェネツィアとナポリ>
 第3年
の4集からなります。
全部で26曲あり、リストといえばこうでしょう、の超絶技巧な曲から、
この上なく甘く歌われるロマン主義的調べな曲、晩年の宗教的な凄みある
曲まで、ひとくくりには語れないような作品群です。

ええと、スイスの第8曲、、郷愁、、、知らない曲でした。
「巡礼の年」は有名な曲集ですが、限られた曲が単独で弾かれることが多く
(『ペトラルカのソネット』『エステ荘の噴水』『泉のほとりで』『ダンテを
読んで』などなど)、『郷愁』はマイナーと言っていい曲のようです。
知ってる曲で初読みを楽しみたかったのに〜 と、また自分の無知を嘆く
わけでした。


『郷愁(ル・マル・デュ・ペイ)』。
改めてよく聴いてみると、民族調というのでしょうか、素朴ながら不思議に
ゆらめく調性の中で、少ない音の運びで丁寧に心を揺さぶるような展開。
一縷の光が見えたと思ったらはたと曇ってしまったり、つかみどころがない
ような、甘く裏切られたような、でも守られているような———
こちら側のコンディションによって、どのようにでも印象が変わってしまう
ような、なんというか、人が過去を振り返るときに、懐かしく眩しくもなり、
煙たく目を背けたくもなり、とにかくもう完全に蓋をしたくもなるような、
そういう心の揺らぎを村上さんは言いたかったのかもしれないな、などと
思って聴きました。
ああ、いい曲です。

これから読もうかなと思っている方、よろしければこちらを聴いておかれては
いかがでしょうか。


”記憶に蓋をすることはできる。でも歴史は変えられない”



ユリアンナねえさん

2013-4-8

ユリアンナねえさん


土曜の夜は、ロシアのピアニスト ユリアンナ・アヴデーエワのリサイタル
@高岡文化ホールへ。
2010年ショパンコンクールで、アルゲリッチ以来45年ぶりの女性優勝者
となり、大きな話題になりました。
我らがホームタウンの高岡文化ホールは、去年はダニール・トリフォノフ
(2011年チャイコフスキーコンクール優勝)が聴けましたし、毎年こうして
一流のクラシックピアニストをよくぞ呼んでくださる、と感心しきりです。
関係者の方々、ほんとにありがとうございます。

以下、リサイタルの私的感想です。

日本のクラシックファンから ”ユリアンナ姐さん” と呼ばれることもある
彼女は、ステージではいつも黒のパンツスーツで髪をタイトにまとめた
クールな出で立ち、男前な立ち居振る舞いで、たいへん貫禄があります。
演奏はテレビ放送や動画で何度か観ていましたが、頭脳的で正統派ながら
引きずるような独特の歌い回し。自分の好みかというと、少し違うかな…
なんでだろう…という感覚もあり、直接リサイタルを聴くのは謎解きの
ような楽しみがありました。

今回のプログラムは、、
前半にはハイドンの変奏曲とソナタ、ラヴェルの夜のガスパール。
後半はオールショパンで、2つのノクターン、バラード1番、3つのマズルカ、
締めはスケルツォ2番でした。
アンコールはワルツ、マズルカ、バッハのパルティータからジーグ。

すべてが研究し尽くされ、コントロールされ尽くされたリサイタルでした。
映像を通しては分からないことってほんとにたくさんありますね。
本当にストイックで、頭が疲れるというか、正直へとへとになりました。

彼女の精神には、もう一人のすごく厳しい彼女が鞭をもって立っていて、
私も睨みをきかせられている心持ちになるくらいです。
特にラヴェルの夜のガスパール2曲め「絞首台」…、サディスティックに
冷たく恐ろしい迫力で、背筋こおります。
ショパンのバラード1番は、fもすごく控えめなのに、悲劇的な厳しさで足が
痺れそうでした。正座している気分ということで。
マズルカはすごい。絶妙にリズムがコントロールされて、ルバートと引き算
の感覚は溜め息ものでした。異国に連れて行かれました。

ここ最近、よく聴いているお気に入りピアニストが、
情熱テクニシャンのユジャ・ワン
脱力系アスリートのソン・ヨルム
宇宙交信系、ザ・自由なトリフォノフ
という感じで、緊張と弛緩の割合でいうと5対5から4対6くらいの方達
だったので、ユリアンナ先生は9対1くらいだったでしょうか…
はじめてテレビで演奏を聴いて、好みじゃない気がしたのは、この辺りの
自分の波だったのかもしれません。あくまで、個人的分類と感想です。

リサイタルが終わってから、ゆるすぎる自分に軽く落ち込むくらいになって
帰ってきました。
姐さん、もっともっと勉強します。そしたら、姐さんの演奏がもっと楽しく
聴けるようになるでしょうか。私のほうが年上ですみません。
そういえば、ときどき目を閉じて聴くと嘘のように楽に音を楽しめました。
もったいないので、目はすぐ開けてしまいましたが。








今、練習中

2013-4-2

今、練習中


5月に楽器店教室の発表会があります。
生徒さんの曲は仕上げに向け、カウントダウンにさしかかる中、私も
講師演奏の仕上げにさしかかり…さしかかれるのでしょうか…

今年は新曲をさらうおうと、数ヶ月前からはじめた曲ですが、肩が凝る。
オクターブと脱力が課題です。

曲は有名なモーツァルト「トルコ行進曲」のヴォロドス編曲版です。
変奏曲で、「トルコ行進曲によるパラフレーズ」とも呼ばれています。
アンコールピースで最近取り上げられることが多いようで、私は去年
金沢で開かれたピアノリサイタルで初めて聴きました。
韓国の大好きなピアニスト ソン・ヨルムさんです。



私が観にいったときもこの衣装で、むきたて卵みたいにぴかぴかのお肌。
このヴォロドスのトルコ行進曲は、いかにもアンコール的で、音楽性より
大道芸のような技巧をばんばん盛り込んだような曲だとして、ちまたでは
賛否が分かれることもあるようなのですが、彼女が弾くとほんとに美しく
端正。
この他にも大曲が満載のプログラムでしたが、どんな複雑な曲でも、
彼女にかかるととてもシンプルに構成が浮かびあがって、ああこんな曲
だったんだ、と目から鱗と力が抜けていく説得力があります。

音と音の隙間を多めにとる感じも、ひじょうに私好み…。ぱらぱらと粒立ち
鮮やかに気持ちよく音が抜けるし、いつくしむような弱音がひきたちます。
あとはなんといっても、音楽の流れが自然で、身体の使い方もすごく自然。
まっすぐな黒髪を躍動させて弾くチャイコフスキー交響曲『悲愴』の3楽章、
しなやかなダンスを観ているようです。

アンコールで、トルコ行進曲のもう1バージョン、ファジル・サイ編曲版
を弾いてからすぐ、こっちのヴォロドス版を弾きはじめて笑いが起こるなど、
大興奮のリサイタルでした。

また、びっくりなことも。
プログラムに、チャイコフスキーコンクールでベストパフォーマンス賞を
受賞したシチェドリンの曲「チャイコフスキーエチュード」があり、
近現代の、暗譜の難しい曲なんでしょう、彼女の手にはなんとiPadが。

iPadは譜面台にガコッと置かれ、ざわめく客席をよそに演奏が始まりました。
曲がある程度進むと、どこからともなく手が伸びてきて画面をタッチ、自ら
シャッとページをめくります。おお〜〜。

驚きましたが、時代です。ときどきタッチがうまくいかなくて、シャ………
シャシャッとなることもあり、曲中ドキドキしました。


——— 長く綴ってしまいました。
トルコ行進曲を弾いていると、彼女の端正な演奏が鮮明によみがえります。
今は仕上げにさしかかる前の、ただ楽しいばかりの段階ですが、さしかかる
仕上げの時間はいつも怖いです。
家族に迷惑になるだけの音量は出ますが、子どもらはノリよく歌いながら
聴いてくれます。子ども受けはよいのかもしれません。







TSUKEMEN LIVE

2013-3-24

TSUKEMEN LIVE


土曜の夜はTSUKEMEN LIVE 2013 ~EL DORADO~ 富山公演。
友人とあまり予備知識なく行ったのですけど、打ちのめされました〜

TSUKEMENはヴァイオリン2本とピアノ、という3人のユニットで、
全員が一流音楽大学を卒業した正統派アーティストであり、リーダーの
ヴァイオリニストがさだまさし氏のご子息で、イケメンじゃないから
まあつけめんくらいだな、というさだまさし氏の提案によるユニット名
を持つみなさんです。
ジャンルはクラシック、ジャズ、ポップス、映画、ゲーム、アニメ音楽、
親しみやすい楽曲を幅広くカバー、また3人とも作曲をするので、
オリジナル曲も数多く。

マイクを通さない生の音にこだわりがあるというのですが、その音色の
美しさは圧倒的でした。
3人の弦の音は何か特殊な浸透力を持っているのでは、と思えるほど、
肌に刺さってくる感じ。音がなくなっているときは楽器の振動が空中に
こだまし、ピアノの低音の銅線が長いことびりびりうなるのが手に取る
ようにわかるという、ホールが楽器状態。
ばりばりのクラシック畑で磨かれた信じられないほど高い技術、音の運び
のセンス、集中力。
3人がお互いを決して邪魔せず、存分に持ち味を発揮してからの、いかにも
幸せそうなゆるいトーク。
ソロだけでも贅沢なステージが3人になって、贅が何倍にもなってました。

クラシックの時代で、ピアノ三重奏や室内楽が人気を博したのは、きっと
こういうことだったんだな。

やはりピアニストに目がいきますが、大きな手で絶対的な安定感、左手の
ストライドの重低音、連打の音のキレが抜群によかったです。
超絶技巧も鮮やかに難なくといった感じで、クラシック時代はかなりの
ヴィルトゥオーソだったのではと思われました。うーん。

アンコール1曲目はチャールダッシュ。少し古い動画がありましたが、
きのうのはもっと洗練されて冴え渡ってました。
動画を見ると、魅力の半分もないような気がして、かえってがっかりします。




リトミック発表会

2013-3-10

リトミック発表会


リトミッククラス、3月はまとめの月です。

1年間のレッスンのまとめとなる発表会が、本日、無事に終了しました。

クラスが開講している「北日本新聞カルチャーパーク高岡(まなぶん)」
合同発表会への参加で、会場はウイング・ウイング高岡4階ホール。
横に長ーいステージいっぱいに、2歳クラスの3名の生徒ちゃんたちが、
のびのびキラキラの表現を、見せてくれました。

zentai.JPG

3人はみな、この4月からは幼稚園生活になりますが、ステージ発表は
はじめての体験。
保護者の方といっしょとはいえ、ステージではどうなることかとやきもき
する大人たちの心配をよそに、終始ふだんどおりの、時にふだん以上の
表情で、しっかりと動いてくれました。


緊張していた先生、どんなにはげまされたことでしょう。
しっかり先生のほうを見てくれて、ひとりずつとしっかり視線が合って、
ほんとうに、安心できました。
月並みですが、スポットライトの輝き以上に、みんなの顔がぴかぴか輝いて
すばらしかったです。楽しかったです。

もっとみんなとリトミックをしたいですが、実はもうあと2回のレッスンで
今のクラスは卒業になってしまいます。
先生は寂しいばかりですが、みんなの成長には変えられません。


ああ、この1年の成長といったら!
先生は幸せです。


1歳の卒業生を送り出す

2013-1-30

1歳の卒業生を送り出す



リトミック1歳クラスの生徒さんがお1人、関東へお引越しのため
今日で最後のレッスンとなりました。

彼女はこの夏、1歳のお誕生日をすぎてほどなくから、レッスンに
通ってくださっていました。
お母様とよく似た、ふんわりと愛らしい雰囲気、でも感覚はとっても
シャープ。
リトミックの即時反応、ゴーストップでは、ピアノの音が止まったら
 !
(これは、止まらなければいけない休止状態っ)
という顔でピアノを見て、からだも急ブレーキで止まってくれます。
この表情がもう本当に可愛らしくて、それを見たさについ多めに
ストップをかけてしまうこともありました。

夏のはじめの頃、いっぱいに伸ばした手をお母様と懸命につないで
とつとつと歩くのも素敵でしたが、今はすっかり足腰を安定させて
8分音符の早いテンポに合わせて駆けまわることができます。

あるときじっと黙って活動を見つめて、あまり笑顔がないんですね。
あ、ちょっと難しかったかな…それとも気分じゃなかったか、と
こちらが思ったとき、ぱっと顔をあげて
「もっかい?(もう一回?)」
とリピートリクエスト。
集中するときはこんなお顔になるんですね。先生知らなかったよ。


リトミックは、1歳からたくさんのねらいに基づいてカリキュラムが
組まれています。
音への身体反応をはじめとして、色の認識、イメージ活動、音の高低や
ニュアンス表現、モンテッソーリ知育に触覚を刺激するクラフトワーク。
その中でも、みんなと呼吸をあわせて感じるアナクルーシス(準備)、
クルーシス(到達点)、メタクルーシス(弛緩)の共有は、1歳のこの
時期にしか味わえないような、何だかものすごく祝福された幸せな一体感
をもたらすものだなあ、と個人的に思っています。


彼女は、毎回のレッスンでこれらを存分に受けとめ、いっぱいに感覚を
伸ばし、得たものをわたしに伝えてくれていました。
小さな彼女とのコミュニケーションに、何度癒されたか、力をもらったか
わかりません。

幸いお引越し先には、私も師事したことのある素晴らしい先生方が講師
をつとめるリトミック研究センター認定教室があるとのことで、ご縁を
嬉しくご紹介させていただきつつ、まさに巣立ちに際した親鳥の心持ちで
彼女とお母様の後ろ姿を見送りました。

私とのレッスン時間は彼女の人生にとってわずかなものではありましたが、
これからの大きな歩みへ向けた動力に、すこーしでも手を添えられたなら
と思います。
今後も音楽とともに、健やかに伸び伸びとますます大きくなられますよう
お祈りするばかりです。


さて、年度末。
彼女に続いて、リトミッククラスではご入園等々に伴うご卒業も待って
います。
この時期のこの目覚ましい成長を間近で見られなくなることは、今から
非常に寂しい思いですが、残りのレッスンでほんのすこしでも、皆さん
の今後の飛躍の糧となる力が蓄えられることを願って、残りの今年度を
がんばります。


あけましておめでとうございます

2013-1-7

あけましておめでとうございます


皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今日は、こちらのホームページに顔を出している
キャラクターたちをご紹介したいと思います。

彼らの誕生は、5年ほど前になりますが、
幼児さんのレッスン教材として製作した紙芝居
「うみのまんなか」の登場人物たちです。
毎度デザイナーは夫で、ストーリもほぼ夫の作。
紙芝居を通じて、ピアノの他のさまざまな楽器や
音楽を紹介するのが目的でした。

「うみのまんなかには、たくさんの魚たちが
 あつまって、見たこともないような楽器で
 いっしょに音楽をえんそうしているそうだよ」

はじめて音楽世界に触れるこどもたちが、
共感してわくわくして、これからの音楽人生を
期待に満ちたものにしてもらえたら、と願って、
少し長編のストーリーをつくりました。

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物語の主人公、金魚のピロちゃんです。

piro.jpg

ピアノが大好きですが、ピアノのほかにどんな楽器が
あるのか、まだよく知りません。
好奇心が旺盛で、まだ見ぬ楽器や音楽を探すため
「うみのまんなか」を目指す旅にでかけます。
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ピロちゃんの友だち、ラピちゃんです。

rapi.jpg

ラピちゃんもピアノが大好き。
少し引っ込み思案で慎重な性格ですが、ピロちゃんに
誘われて旅についていくことになります。
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金魚のふたりがはじめに出会うのは、
かにのニーニさん。

ni-ni.jpg

温厚で決して怒らない性格。
バイオリンをふたりにやさしく教えてくれます。
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つぎに出会うのは、クラゲの二コレさん。

nikore.jpg

消え入りそうな姿と声で登場します。
きらきらと透明感に満ちたフルートを吹きます。
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つづいて、ふぐのマイルスくん。

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マイペースで憎めない性格。
ぷうーっとふくらむことがあります。

mails_dai.jpg

トランペットといっしょなら、ひとりでも
寂しくないそうです。
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仲間が五人になったところで、
このふたりがケンカしているところに遭遇。

keruto.jpgmiruto.jpg

たこのケルトくんと、いかのミルトさん。
ティンパニと、シロフォンをそれぞれ練習していたら、
お互いがうるさくって、ケンカになっていました。
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仲間はみんなで「うみのまんなか」を探して旅を続けます。
いろんな仲間と出会い、いろんな楽器と出会い、その度に
新しい音楽と出会います。
この先のお話はいつか、きちんとしたかたちにまとめたいと
思っています。


彼らと一緒にまた今年一年頑張っていきます。
よろしくお願いいたします!


ガーシュウィンと矛盾

2012-12-21

ガーシュウィンと矛盾


ガーシュウィンが大好きです。

なぜ好きか?
これまでの人生で何回か考えてみたことがあるのですが、どうも
理屈ではなく、からだの細胞レベルで惹かれる好きさのようです。

ガーシュウィン伝記映画の傑作『アメリカ交響楽』は、もう、、
たまりませんでした。
ガーシュウィンは、38歳の若さで他界してしまうのですが、
映画は死後8年後に製作されており、近しいガーシュウィンの友人が
ご本人役でたくさん出演しています。

ガーシュウィンの活躍の後ろで、嫉妬混じりで皮肉屋の二番手に
甘んじる、ちょっといい味の友人ピアニストが出てくるのですが、
この方もご本人。
オスカー・レヴァントという素晴らしいピアニストで、映画の最後は
彼の渾身のコンチェルトで締めくくられます。
ガーシュウィン音楽の真髄を聴いたと思いました。


作品中、忘れられないガーシュウィンの恩師・フランク先生の台詞。
私がなぜ、多くの人がなぜ、ガーシュウィンに惹かれるのか、
ひとつの答えがあったように思います。

”現在のアメリカは、新しい事と古い事が混じり合っている。
君の中にもアメリカと同じ矛盾がある。
羊と狼、理想と野望…
その二つをうまく体現出来れば、君はアメリカの声になれる”

矛盾。
この矛盾は、だれもが心に持つものかもしれないです。
アメリカだけでなく、だれもの心の声だったとしたら。

大きな矛盾を抱えながらも、あたたかく面白く、行きつ戻りつして
それでも前へ進む。
矛盾しているようで、実は約束された完璧なハーモニーでつくられた、
ガーシュウィンの音楽。

おもしろきことも無き世をおもしろく
すみなすものは心なりけり

なんていうことも思いなおす映画でした。

Gershwin plays gershwin




ピアノが新しくなりました

2012-12-12

ピアノが新しくなりました


教室のピアノが新しくなりました。
ボストンのGP178PE という機種のグランドピアノです。

もともと、ピアノという文化や楽器のなりたちに興味があり、
(ピアノ演奏より大きな興味かもしれません)
大学を卒業してピアノ調律を学んでいたときには、
東京都内のほとんどのホールや楽器店、ショールームに出かけて、
素晴らしいピアノ達に出会いました。
自分のキャパシティーをはるかに超えた音に出会ったときの興奮は
今でも忘れられません。


今回、新たにピアノを購入できることになり、さあ、いざ、探そう、
好きなだけ探しに行こうどこまでも、と意気込んだものの、
ここ北陸では、存分に弾き比べするほどの展示があるところは
ほとんどないようで、ちょっと拍子抜け。
どこまでもは難しかったですが、浜松まで足を伸ばしつつ、色々と
見ることができました。

色々と見る中で、到底購入できるはずのない世界の一流ピアノ・
スタインウェイ、グロトリアン、ベトロフ、ベヒシュタインも
弾かせていただく中で、ゆずれぬ好みもだんだん固まります。
「パーン」「カーン」という明るく平たい音ではなくて、
「コーン」「クーン」という丸みのある響きが好きで、特にここが
ゆずれぬポイント。

ストライクだったのが、スタインウェイよりグロトリアンよりも
ボストンの音でした。
ボストンは、スタインウェイが設計してカワイで製作されていますが、
小さい頃から家にあるのはカワイのピアノだったので、やはりどこか
馴染みがあるのかもしれません。
スタインウェイよりしっとりと重厚な響きで、タッチの独特の抵抗感
(戻り感)はカワイの上位機種Shigeru Kawaiに一番近い感覚でした。

最終的にShigeru Kawaiと少し迷いましたが、決め手は調律師さん。
ボストンのほうを扱うのはスタインウェイの正規代理店の調律師さんで、
北陸の主要コンサートホールや、著名ピアニストさんのピアノも手がける
まさに職人、と呼べる調律師さんです。
自分の好み以上の、それこそキャパシティーをはるかに超える素晴らしい
調整をしていただきました。

というわけで、今まで出会ったピアノの中でもまったく引けを取らない
抜群の状態で、ボストンが、今、教室にいてくれています。
思う音をいかようにも反応して出してくれるレスポンスの奥深さは
ピアノが楽器であり、機械ではなく生き物だと改めて教えてくれました。


そしてそして、まだできたての若く新しいピアノ。
これから教室のみなさんの手に触れて育てられ、また変わりつづけて
新しい音色を聴かせてくれることが、楽しみでなりません。
これから末永くよろしくお願いします。

DSC_0110.JPG


浜コン、ブラヴォー

2012-11-25

浜コン、ブラヴォー


イリヤ、ブラヴォー!
「第8回浜松国際ピアノコンクール」、
ロシアのイリヤ・ラシュコフスキーさんの優勝で終幕しました。
楽しみました。終わってしまって、寂しいです。

結果は、
第1位 イリヤ ラシュコフスキー(ロシア)
第2位 中桐 望(日本)
第3位 佐藤 卓史(日本)
第4位 アンナ・ツィブラエワ(ロシア)
第5位 キム・ジュン(韓国)
第6位 内匠 慧(日本)
日本人作品最優秀演奏賞 内匠 慧(日本)
奨励賞 アシュレイ・フリップ(イギリス)
室内楽賞 佐藤 卓史(日本)
聴衆賞 イリヤ ラシュコフスキー(ロシア)
でした。

最終審査1日目のピアノコンチェルト、イリヤ氏のプロコフィエフが
圧巻でした。
PC画面から溢れ出る鮮やかな迫力。ソロリサイタルとはぐっと違う表情で、
輪郭のはっきりした、優雅で豪快で率直なプロコフィエフ。
フィナーレを駆け抜けて弾ききった後は鳥肌が立ち、すごい、と溜め息です。
客席はブラヴォーの大喝采、指揮者の井上氏からも興奮気味な熱い賞賛を受け、
これは決まりだな、と思わせる圧倒的な盛り上がりでした。

でも2日目の中桐さん、佐藤さんも素晴らしかったです。
中桐さんは、これまで全然存じ上げない方ですが、予選のころからお人柄の良さが
滲み出た魅力あふれる音づくり、ブラームスも最後まで惹きつけられました。
佐藤さんのピアノは、他にはない哲学があります。聴き慣れたショパン1番が新たに
心に迫ってくる演奏でした。

結果発表のライブ配信、どきどきして観ていたのですが、
同じ配信画面にある公式Twitterのほうから先に順位が流れてきました…
映像のライムラグなんでしょうか。観ないようにするのに焦りました。

とはいえ!
充実したインターネット配信のおかげで、存分にコンクールを楽しみました。
1次予選から素敵なピアニストを発見し、新たな曲に刺激を受け、熱演に涙し、
自宅PCの前で、心からの拍手を送りました。

終わってしまって寂しいです。
浜コン、ブラヴォーです。


小指が短い

2012-11-22

小指が短い


ピアノ講師なのですが、手が小さいです。
とくに、右手の小指が短い。ひじょうにコンプレックスです。

右小指のつけねの骨が、がくんと深く埋まった感じで陥没しており、
水掻きのすぐ上から第2関節がはじまっている形状。
水掻きから小指の長さをはかると、4㎝きっかりです。
インターネットで検索してみたら、
「短指症」という立派な名前がついていました。

ピアノを一人前に弾くためには、オクターブ(ドからドまで)が届く指は
必須。

この小指のおかげで、小学6年になってもオクターブがまともに届かず、
当時のピアノの先生に気づいてもらえず(自分から言えない性格でした)
コンクール課題曲をミスタッチし続けて怒られた、苦い思い出があります。

私は小指が短いから、ピアノの世界では生きていけないかもしれない、
とそのとき思いました。

その後、小指問題はなんとか先生に伝え、フォローしつつのレッスンで
コンクール等にも励みましたが、オクターブで思うようなボリュームが
期待できないため、テクニカルな曲に手を出せず、どこか不完全燃焼に
終わっていました。あとから思うと、小指を言い訳にしていました。


さて大学進学で上京し、ピアノレッスンはしばらく離れました。
日々自分の好きなように、好きな曲を手当たり次第弾くようになりました。
指番号も平気で変えます。

そして、今まで小指問題で敬遠していた曲も弾いちゃえ、となったあるとき、
ふと気づいて、すべてのオクターブを小指ではなく、薬指でとってみたら、
びっくりするほど弾けるのです。渇望していたボリュームも出る。

そのとき弾いた曲は、ショパンのバラード1番とスケルツォ2番でした。
大好きな曲が自分でこんな風に弾けるなんて。
ああ幸せ、と泣きました。

薬指はもともと痛めやすい指だそうで、オクターブで使いすぎるのは
一般的にはあまりおすすめできないようなのですが、
やむなく私の薬指にはそれ以来、頑張ってもらっていることになります。

ありがとう薬指。


ちなみに、極端に短いのは右手の小指だけで、左手の小指は人並みな短さ
というくらいです。

これは、遠い記憶があるのですが、小学2年までは左の小指も右と同じくらい、
極端な短さでした。
よく友達同士でも比べていて、
「なんか自分の指、とくに小指、短いんじゃないか。長くなれえー」と、
いつも左の小指をひっぱって伸ばしていたんです。
(当時、指を痛めたらひっぱればいいという教えがあり、なんとか自分の力で
よくなるかもしれないという、子どもらしいあの感覚です)

それが明らかに矯正につながったか、は定かではないのですが、
左手の小指については、その後右手を追い越して、一定の長さに成長しました。

左手のオクターブはベースや和音をつかむので、右手以上に指の長さが大必須ですが、
なんとか人並みのボリュームでつかんでくれます。

ありがとう小学2年の自分。

…という感謝は定かではないかもしれないのですが、
今、ピアノが弾けること、ピアノを仕事に出来ることには、毎日すべてに感謝です。



第8回浜松国際ピアノコンクール

2012-11-12

第8回浜松国際ピアノコンクール


コンクールを観るのが好きです。

「第8回浜松国際ピアノコンクール」が開幕して、
3日めになりました。
3年に一度開催される、略して”浜コン”。
過去の優勝者の中には、ショパンの再来と言われる
ラファウ・ブレハッチなど、錚々たる顔ぶれが並びます。

今やインターネット配信が充実して、
第一次予選からすべての演奏をリアルタイムで、
また見逃してしまっても、これまでの分をまとめて
PCでiPadで携帯で観ることができます。

海外の国際コンクールもネット配信で観ることがありましたが
当然日本語ではないし、動画がよく途切れるし、
Liveを観るには時差があるし、億劫な要素が多かったです。
でも浜コンはそんなストレスは無縁ですね。
Twitterのタイムラインも追いかけながら観たりして
新しい楽しみ方ですねえ。


というわけで、期間中は生活の中におおむねの
浜コン時間割を入れています。
第一次予選、これまですべての演奏を聴いた訳ではないのですが、
お気に入りは韓国のイ・シヒョンさん。
みずみずしくしなやかで、自由に音が飛んでいきます。
昨年チャイコフスキーコンクールで第二位受賞の
ソン・ヨルムさんも大好きなのですが、よく似ています。
門下が同じなのかなと気になりつつ。

それから、台湾の15歳シュ・ユインジーさん。
赤いドレスにまぶしい笑顔で登場して天使のよう。
素直でまっすぐにピアノに向き合って、
身体いっぱいに使った迫力あるffが印象的でした。

女性で、特にアジアのピアニストの演奏は
骨格も言語も近いせいなのでしょう、とても勉強になります。


ロシアのイリヤ・ラシュコフスキーさんは、
(既にイリヤ王子と呼ばれ人気があるそうです…)
派手な選曲ではないのにすべての音があたたかく華やかに冴え、
大本命になるのでは、というオーラがありました。
シューベルトの即興曲(op90-3)をこの場で弾くなんて…
これがこれが、泣かせる演奏でした。

明日以降は日本の渡辺友理さん、佐藤卓史さんを応援です。


和声が心をわしづかみにする

2012-11-02

和声が心をわしづかみにする


先月放送されたNHK教育『らららクラシック』
''もっと自由にピアノ''がテーマで、
録画していたのを最近観ました。

曲はショパン尽くしのラインナップ。
見どころは、いまや風格たっぷりの
キーシンによるピアノ協奏曲1番。

確信に満ちた音づくりが素晴らしいキーシンは、
昔から、円を描くように上半身を揺らす演奏が独特です。
それが、素晴らしい、音楽なのです、が……
私、規則的なその揺れを見ていると……

目眩がします………

くらくらと強烈な既視感に襲われたと思ったら、
数ヵ月前の再放送でした。


さて、ゲストはジャズピアニストの小曽根真さん。
''ブルース''と''ショパン''の共通点を語るにつけて、
どちらも人の心をわしづかみにしてやまない
”和声”の力を持っている点を挙げられていました。
私の心も、この言葉にぐっとわしづかみ。

7年ほど前、ショパンコンクール出場経験のある
女性ピアニストの方に演奏を聴いていただく機会があり、
”和声の変化をもっと意識して”と言っていただいてから、
ずっと和声のことを考えています。



和声、つまりハーモニーは、音楽の三要素の一つですね。
リズム・メロディー・ハーモニー。
リトミックでは、リズムは “(身体の)鼓動”、
メロディーは”個性”、ハーモニーは”調和” と捉えます。

「調和」の力……
異なる音、異なる人、異質なものごとの''重なり''が、
単独では成し得ない豊かな状態をつくる力、でしょうか。
何か、根源的な、宇宙的な力を感じます。

小曽根さんの言葉にある、ショパンの多くの作品でも、
ブルースやジャズの世界でも、どんなジャンルの音楽でも、
人が惹き付けられるあらゆる楽曲には、
宇宙のどこかに交信して拾ってきたような、
神懸かった和声の力があります。


というわけで、音楽を楽しむためには、和声の話が欠かせません。
レッスンでは導入期から、和声聴音でスタートします。
和声感や音感は、1歳から9歳頃までの音楽体験で
決まってしまうとも言われていますが、
大人の方ほど、理論的に様々な角度で考えられるので
曲の中での和声の役割をしっかり捉えることができます。

和声の意味が分かり、一つずつの音の意味が分かると、
音楽の楽しみが宇宙にまで拡がるような気がします。

年長さんのあたたかい涙

2012-11-01

年長さんのあたたかい涙

今年の春からピアノをはじめた年長さんの男の子。
背が大きくがっちりして、象のような可愛い目で、いつも髪がばしっと短く
(短いとこだと5ミリくらい)、多くを語る方ではないけれど、
一度スイッチが入ったときの話は熱くてひきこまれます。
カブトムシのえさのゼリーの話とか。

彼がこの春「続くかどうかわからないけど、なんとなく体験だけ…」と、
言葉以上にあたたかなお母様と一緒に、
固い表情で体験レッスンに来られてから、半年あまりがたちました。

男の子はお母様と、何というかとても良い関係。
木曜日はうちでピアノの日、と取り決めをしたのを守って練習を重ね、
ぐんぐん上手になっています。
ほぼ半年で一冊目の教本が終わり、先日ミニ発表会をがんばりました。
(ミニ発表会は、修了した教本の中から好きな1曲を自分で選び、
1週間おひろめのための練習をし、レッスン室でご家族の拍手の中で
弾くというものです)。


そんな彼のある日のレッスンで、忘れられないことがありました。

真剣に弾いていた曲が何度もつっかえてしまい、
励ましながら進めるも、一音でも違えてしまうと納得がいかず、
彼も半ば意地になって、つっかえて最初に戻る、を繰り返すようになります。

彼はレッスンの最後の5分だけ、お母様に聴いてもらうのが習慣ですが、
(レッスンは保護者の方の同伴は自由です)
繰り返しが続くうちに、お母様がレッスン室に入ってきました。

でも、弾けない。
お母さんも聴いてくれているのに、もう少しで完璧に弾けるのに、
のところまで行ってもつっかえた何度目かの瞬間、
突然彼は、わあっと叫んで床に寝転び、号泣を始めました。

赤ちゃんが何か発散するように、仰向けになって、躊躇なく容赦なく、
うわあーっと。

あまりの勢いで、私も(大丈夫ー!?)と駆け寄ろうとしましたが、
その前に、お母様はただ彼の頭を撫でて、
よしよし、くやしいんだね
と、この上なく穏やかに言いました。

ピアノが(彼の思うように)うまく弾けないのが悔しくて
ストレートに泣いて涙を流す彼と、
いつも落ち着いて包み込んでくれるお母様。

なんだか、あまりのまっすぐさとあたたかさに、私が泣きたくなりました。

涙は、癒しであり、精神の解放です。
音楽も、レッスンも、そうでありたいなと思いました。

Uターン組

2012-10-01

Uターン組

富山に引っ越してきて1年がすぎました。
大学進学と同時に富山を15年離れていたので、いわゆるUターン組です。
有り難いことにあちこちでピアノのご縁があり、自宅教室と県内の音楽教室、金沢市の楽器店とで、30人ほどの生徒さんに恵まれています。
1歳になりたてのリトミックの生徒さんから、ベートーヴェンのソナタを学んでいる女子高生さん、クラシックからアニメの曲まで次々とレッスンに持ってきてくださる大人の方、皆心から大切な生徒さんです。

ちなみに、自分の子どもは小2男子と3歳女子ふたりに恵まれました。長男はピアノ、長女はリトミックを学んでいますが、ふたりとも親に似て内弁慶な性格で、挨拶や返事をするのにも黙ってしまう方です。レッスンではとても優等生ではありません。
大きな声では言えませんが、私自身が小さい頃そうだったので、親ながらこちらから大きく出られない、ということもあります。
というわけで、優等生じゃない生徒さんにとても共感します。
優等生の生徒さんも大好きですが、たまにはハメをはずしてもらいたくなります。

はじめに

2012-09-04

はじめに

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堀江ピアノ教室ホームページにお越しくださり、
ありがとうございます! 
講師の福原也草と申します。

堀江、は旧姓です。
産まれてから高校卒業までの自分を育ててもらった
この町で、念願のピアノ教室を始めるにあたり、
やはりこの土地に馴染み深い「堀江」の名前で、
看板を出させてもらおうと考えました。

自慢の教室看板は、デザインが趣味の夫の作品です。
あれこれ我が儘な注文を聞いてもらって嫌な顔もされましたが、
気に入っています。

教室は歴史ある博労小学校からほど近く。
看板も通学中のばくろっこたちに見守られ、
育てられているような気がしています。