多崎つくるとリストの巡礼
村上春樹が好きです。
今はハルキストなんて言葉があるんですね。
そこまで、楽しげな現象をよぶ感じの作品じゃないのではと思いつつ…
最近の破格の人気作家作品扱いには、あまり熱心な読者じゃない私でも
無駄に気恥ずかしくなったりします。はい、無駄なんですけども。
新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読みました。
内容は、過去の村上作品の中でもかなり読みやすいもので、一気に読了。
これまでずっと書き続けられた深遠なテーマはそのままに、出力方法が
よりわかりやすく単純化され、寓話化されたような印象を受けました。
話の中で通奏低音のように流れる、リスト作曲の「巡礼の年」。
村上作品では音楽が重要な要素になることも多いですが、ピアノ独奏曲
がここまで取り上げられたのは珍しかったですね。
たまたまなのでしょうけども、むやみに嬉しいものです。
主人公の多崎つくる(36歳)が、過去の記憶でずっとこだわり続ける
ピアノ曲というのが登場し、それが「巡礼の年」第1年<スイス>の
第8曲『郷愁(ル・マル・デュ・ペイ)』でした。
ええと、リストの「巡礼の年」は組曲になっていて、
第1年<スイス>
第2年<イタリア>
第2年補遺<ヴェネツィアとナポリ>
第3年
の4集からなります。
全部で26曲あり、リストといえばこうでしょう、の超絶技巧な曲から、
この上なく甘く歌われるロマン主義的調べな曲、晩年の宗教的な凄みある
曲まで、ひとくくりには語れないような作品群です。
ええと、スイスの第8曲、、郷愁、、、知らない曲でした。
「巡礼の年」は有名な曲集ですが、限られた曲が単独で弾かれることが多く
(『ペトラルカのソネット』『エステ荘の噴水』『泉のほとりで』『ダンテを
読んで』などなど)、『郷愁』はマイナーと言っていい曲のようです。
知ってる曲で初読みを楽しみたかったのに〜 と、また自分の無知を嘆く
わけでした。
『郷愁(ル・マル・デュ・ペイ)』。
改めてよく聴いてみると、民族調というのでしょうか、素朴ながら不思議に
ゆらめく調性の中で、少ない音の運びで丁寧に心を揺さぶるような展開。
一縷の光が見えたと思ったらはたと曇ってしまったり、つかみどころがない
ような、甘く裏切られたような、でも守られているような———
こちら側のコンディションによって、どのようにでも印象が変わってしまう
ような、なんというか、人が過去を振り返るときに、懐かしく眩しくもなり、
煙たく目を背けたくもなり、とにかくもう完全に蓋をしたくもなるような、
そういう心の揺らぎを村上さんは言いたかったのかもしれないな、などと
思って聴きました。
ああ、いい曲です。
これから読もうかなと思っている方、よろしければこちらを聴いておかれては
いかがでしょうか。
”記憶に蓋をすることはできる。でも歴史は変えられない”