トウキョウソナタを奏でる
映画の話題続きです。
とある素敵な大人の生徒さんから、
「先生、トウキョウソナタって観たことありますか?」
と聞かれまして。
うーん、タイトルは聞いたことがあるような?
「映画のラストで、少年が凄く上手にピアノを弾くんですよ〜」
と話が弾み、それは観ておかねばと、先日観ることができました。
あらすじはこんな感じです。
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舞台はトウキョウ。線路沿いの小さなマイホームで暮らす4人家族の
佐々木家は、ごく平凡な家庭である。
仕事に没頭する毎日を送っている平凡なサラリーマンの佐々木竜平
(香川照之)は、ある日突然、長年勤め上げた会社からリストラを
宣告されてしまう。一方、世の中に対して懐疑的な心を持っている
長男・貴(小柳友)は家族から距離を置くようになり、一家のまとめ役
だったはずの妻・恵(小泉今日子)にも異変が起き始めていた。
小学6年生の次男・健二(井之脇海)は、学校の給食費を持ち出し、
家族に隠れてピアノ教室に通い始める…
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すごく良かったです。深く、心にしみ入る映画でした。
日本とオランダと香港の合作、というだけあって、東京のありふれた
住宅地が異国のファンタジーのような、妙な距離感と空気感を持って、
トウキョウのカタカナ表記もうなづけます。
ちょっと脱線して、ソナタっていうのは、音楽用語なんですけれども。
ピアノ音楽で馴染みがあるのは「ソナタ形式」です。
学校の音楽の授業でもよく取り上げられるようですが、ひじょうに記憶に
残りづらい言葉なので、説明いたしますと、ソナタ形式とは、
主題の提示があって<提示部>
主題が展開して<展開部>
主題が再現される<再現部>
という形式です。
なので、映画の話に戻りますが、
トウキョウの家族の、4人のそれぞれの物語、主題がどんどん展開して、
音楽を紡ぐ…ようなことを考えながら観ました。
でも、でも、劇中ではほとんど音楽が鳴らないんです。
彼らの生き方、現実が音楽、とでもいいましょうか。
そして話題のラストシーンで、やっと音楽らしい音楽が。
ピアノの音が本当に引き立ちました。
風に舞うカーテンように奏でられたのは、ドビュッシーの『月の光』。
*実際の劇中で吹き替え演奏をされたピアニスト、高尾奏之助さんによる演奏です
この曲、私は高校生のときかなり弾き込んで、もう手に入っている曲だと
思っていたのですが、、全く違う曲に聴こえました。
家族の再生に繋がる希望の光、というだけでは片付けられない、もっと
アグレッシブな生命体のエネルギー。
ずるっとどこかの内蔵を裏返されたような、真新しいインパクトがあり、
ああ、音楽は一生勉強だなと、奮い立たせられるものがありました。
映像の空気感にしみ入り、家族それぞれの物語にしみ入り、ピアノにも
しみ入りで、いろんなものが身体に入り込んで、潤います。
この映画を教えてくださった、素敵な大人の生徒さんに感謝です。
私より一回りちょっと歳上の、本当に素敵な大人の生徒さんです。
本当ですよ。
ピアノ歴ほとんど無しだから、といつも謙遜されてばかりですが、音楽への
ひたむきな気持ちに、ピアノ歴は全く関係ない、と教わってばかりです。
そんな素敵な大人の生徒さんのレッスンは、この後「月の光」になりました。
弾きやすくアレンジされたもので、ハ長調の楽譜があるのです。
でも複雑な和声はそのまま。響きの揺らぎをしみじみ楽しみながら、映画の
話もしながら、のレッスンは、いつもあっという間に過ぎていきます。
そういえば、「ソナタ」の語源はイタリア語のsonata、「演奏されるもの」
からきているそうです。
人が音楽を演奏することについて、とりとめもなく考える今夜は、久々に
ひんやりと涼しい夜になりました。