帝王ゲルギエフと、変態トリフォノフ(2)
トリフォノフのために運ばれてきたピアノは
スタインウェイ。ファツィオリじゃなかった…
感動的な冒頭が鳴って、ついにトリフォノフの
チャイコンを直に聴く喜びに打ち震えましたね。
ピアノの出だしはそんなに出し切らず、オケと
溶け込ませ確かめているような感触だったのが、
ずっとそんな感じでずっとオケの音を聴いて、
聴いて、聴いて、オケがどんなに鳴ろうが弱音で
どこまでも攻めてくる。でも絶対に埋もらせず
通してくる、これがトリフォノフの音。
相変わらず猫背でピアノのフタに頭のてっぺんが
ぶつかるくらいだし、フォルテで瞬発的に脱力
してはイスからびょんびょん飛び上がるから
ほんとに動きが多いのだが、弾かずにオケだけの
時間は微動だにしなくて、体を丸めて無になり、
固いサナギの中でゲルギエフの脳裏と交信して
いるよう。いつも宇宙と交信しているように。
1楽章中盤から涙腺崩壊開始。
トリフォノフソロのダイナミクスと歌いまわしが
つぼにはまり、涙で視界がぼやけつつ食い入った
あと、それをそっと取り囲むあたたかな木管楽器が
立ちのぼったとき、目の前に、はっきりとした‥
言いにくいのですが、森が見えました。
まだ人間の手が届いていない、完全な自然として
残されている森。
音楽を聴いてこんなに明確なイメージが浮かんだ
ことはなく、手が汗ばんで動悸がしました。
オケは森。
トリフォノフはサナギから出たばかりの 虫 妖精。
途中、ピアノ高音のラ♭が鼻づまりのようにずれて
きていて、でもそれが、トリフォノフのいびつな
美しさとあいまって絶妙な歪みを生み出した。
ズレさえも 味方につける トリフォノフ。
2楽章、木々の樹皮がわずかに呼吸するような静寂
からはじまり、次第に明るく空気を震わせながら、
真ん中のトリフォノフが湖で遊んでるのを見守る。
水面が甘くゆらぎ、手のひらで触れた拍子にしずくが
はねたから、調子に乗ってパチャパチャしてみた音、
ときどき天気が怪しくなって雷鳴も響くけど、
すべては森の中で完結する世界。
3楽章の舞曲、森の生命が蠢く真ん中ではしゃぎ、
踊り、歌うトリフォノフ。
木の枝に次々とぶらさがり、幹にからまり、葉っぱを
集めて散らし、坂を転げ落ち、鳥のさえずりにこたえ、
大地に身を伏せて轟きを聴き、遠くの山々を敬い、
この瞬間を喜び、いつくしみ、皆に賛辞をおくり、
最後結局またはしゃぐ。
ようこそ、変態の森へ。
あの有名な言葉を思い出さずにいられませんでした。
ブラボー、ブラボーの大喝采。
ニッコニコのトリフォノフ。
ステージからはける瞬間まですごいニッコニコ。
本当に楽しそう。
アンコールでドビュッシーを弾いてくれました。
水の反映。
水遊びの続きをしたかったんじゃないかと思いました。
最後、いちばんの弱音を聴かせるところで、
チャンチャカチャカと携帯の着信音。
着信音。
着信音。
せっかくご機嫌で弾いてくれたのに、最後に笑顔が
曇りました。
あれは、許せなかったですね。