ルカ・ドゥバルグの新譜
ルカ・ドゥバルグのデビューCDが発売になり
予約していたのが届きました。
収録曲は
スカルラッティ:ソナタ イ長調K208 (L238)
ソナタ イ長調K24 (L495)
ソナタ ハ長調K132 (L457)
ソナタ ニ短調K141 (L422)
ショパン:バラード第4番ヘ短調 作品52
リスト:メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」 S514
ラヴェル:夜のガスパール 第1曲 オンディーヌ
夜のガスパール 第2曲 絞首台
夜のガスパール 第3曲 スカルボ
グリーグ:抒情小曲集より「メロディ」作品47-3
シューベルト:「楽興の時」 D780 作品94 第3番ヘ短調
スカルラッティ=ルカ・ドゥバルグ:ヴァリエーションI
(ソナタ イ長調K208に基づく)
の12曲。
例えば、映画を観たり、小説を読んだり、テレビ
ゲームをしたりしていて、それがすごく面白くて
ひとり夢中になることがあります。
それでいよいよクライマックスが訪れたりすると、
日常が遮断され、自分の脳みそが世界の全てを
覆い尽くすような錯覚に陥りますが、そのような
極度の集中状態が1曲目の開始2秒からずっとある
ような、非日常的な空気の薄さが、私の受ける
ルカの印象です。
スカルラッティもショパンも、どの曲でもその
純度の高い精神状態から絞り出されるような音に
心をうたれますが、何よりもやはりラヴェルの
狂気じみた空間は、音楽というか何か別の芸術
世界を思い出させます。例えば強烈な文体を持つ
小説のような。
孤独と痛みに満ちた暗く深い井戸。水の枯れた
井戸の底に潜り、遥か上にある出口を見上げて
移りゆく光と影を丁寧にたどる。やがて空気は
薄くなり、井戸から出ることを静かに諦め、
目を閉じると、いつしか意識は井戸の壁を抜け、
ある部屋がメタファーとして…
と、これは実際の小説『ねじまき鳥クロニクル』
(村上春樹著)のお話でした。
ルカのことを思うと、井戸のことを思い出します。
井戸に潜ると、そこにルカがいるような気がします。
そもそも、偉大な作曲家たちはみな井戸に潜って
その壁を抜けるように意識を飛ばしながら、曲を
生み出してきたのではないかとも思います。
みなおおむねあまり裕福ではなく、曲を作ること
でしか救われないぎりぎりの精神にいたはずで、
でも現代に生きる音楽家の多くは、同じように
優れた才能に恵まれていたとしても、幼い頃からの
英才教育や輝かしい環境が与えられていることが
多いという、もしかしたら矛盾がないだろうかと
思います。
その最たるスーパーピアニストが集結する華々しい
チャイコフスキーコンクールにおいて、長く孤独な
家庭に育ち、20歳までまともな音楽教育を受けず、
誰よりも暗い影を纏ったルカは、異常な存在であり
ながら、芸術とはそもそも孤独なものだと個々に
思い出させ、また才能だけでここまで来てしまった
ということがなおさら孤高の美しさを際立たせた
ことも手伝って、熱狂を呼んだのではないかと想像
します。
6月、日本でのリサイタルが決定しています。
どんなに深く美しい井戸に連れて行ってくれるのか、
楽しみでなりません